代償の夜に震えて
家に戻って、喜伊さんと布団を隣り合わせで寝る。
喜伊さんはいつも通り仰向けに静かに寝ている。
私は何度も寝返りを打つ。
眠れない。
目を瞑り、寝ようとすればするほど、目が冴える。
───倒して、喜伊さん。
自分が初めて喜伊さんに命じて人の命を奪った。
命じなければ殺されていたのは私達だ。
進むと決めたのも私。
喜伊さんだけに任せて、私だけが高みの見物を決めるのを拒否したのも私。
だから、私は間違っていない、間違っていない、間違っていない……。
だけど。
倒れた男たちのそばを通り過ぎる時も、できるだけ見ないようにしていた。
それが、今はなぜかはっきりと男たちが絶命する瞬間の顔が浮かんでくる。
怨嗟の顔で私を睨む。
口はなにかを言おうと動いている。
聞かなければ、見なければいいのに、私は見続けてしまう。
───倒せ、倒せ、倒せ、倒せ……。
私の言葉を延々と繰り返している。
無駄だと分かっていながら、私は目を瞑り、耳を塞ぐ。
だが、瞼の裏で男たちの顔が、塞いだ耳の奥で男たちの声が聞こえる。
男たちの顔や声は、私や喜伊さん、お父さんの顔に次々と変わっていく。
やめて。
男たちの顔は消えない。
やめて。
男たちの声は止まらない。
やめて……。
男たちは止まらない。
───うるさい!
その思いに、怯むように男たちの声は止まる。
私は、決めたんだ。
お前達に思い知らせてやると。
私が味わった悲しみを。
苦しみを。
だから、自業自得なんだ。
未だ震える体を自らの腕で抱きしめる。
怖い。
この手にある力を振るうのが。
その振るった結末が。
そして、私の胸に蠢く恐怖とは違う昂りが。
だけど、私は悪くない。
謝罪はしない。
この血塗れの道を選んだことを後悔はしない。
するわけにはいかない。
してしまったら、私のあの時の覚悟が否定されてしまう。
より強く自らを掻き抱く。
私が貴方達に後悔や謝罪をするときは、
私が歩けなくなり、倒れるときだ。
隣で何度も寝返りを打つお嬢様の気配を感じる。
眠れないのだろう。
初めて自らの言葉で、意思で人を倒せと命じられた。
間接的にとはいえ、人を殺したのだ。
横目でお嬢様を見ると、布団を頭から被り震えている。
思わず、その布団の上から抱きしめ、慰めたい衝動に駆られる。
だが、それをするわけにはいかない。
お嬢様は戦っていらっしゃる。
自責の念と。
自らの罪と。
それを私が摘み取るわけにはいかない。
それは優しさでも、慰めでもない。
戦っているお嬢様を侮辱することになる。
拳を強く握り締め、心の中でただ願う。
───お嬢様、大丈夫です。きっと貴方は再び立ち上がり、飛び立つことができます。その時がくるまで喜伊は、お側に控えておりますから。
息を整えるように、静かに深く深呼吸をする。
───好きなように生きる、それが”アタシ達”だろ?
不意に蘇る、レッドキャップの言葉。
その言葉に思わず奥歯を噛み締める。
レッドキャップの言葉がずっと頭から離れないでいた。
分かっている。
私はお前が羨ましいのだ。
好きなように生きていけるレッドキャップが。
なにも取り繕うことなく、着飾ることもなく、ただ自分の欲望のままに生きていることが。
手に蘇る二人の男を殺めた時の感触。
私は高揚していた。
この力を振ることを。
簡単に命を奪うことができる全能感。
お嬢様の命令で、動ける喜び。
───自分の性を、根底を否定すんなよ。立ち位置が違うだけで、根っこは同じだ。
そうだ。
その通りなんだレッドキャップ。
私はお前に同族嫌悪をしてるだけなんだ。
今だ震えているお嬢様を見つめる。
お嬢様、私はあなたが羨ましい。
自分の気持ちを取り繕うことなく言葉にできて。
素直に行動に移せるあなたが。
眩しく、そして───。
胸の中に蠢く仄暗い感情。
そんなあなたを導き、育てる喜び。
その邪な気持ちを振り払うように、お嬢様に背を向ける。
なにを馬鹿なことを。
主人に抱く感情ではない。
───いつまでも、てめぇとおじょうさまを欺けると思うなよ。
それも分かっている。
この感情は、思いは、いずれ伝わるだろう。
私がなにを思っているのか、なんのために存在しているのか、そして私はなんなのか。
それをお伝えするのは今ではない。
主従の夜は更けていく。
それぞれの存在意義に苦しめられながら。
事務スタッフのトップは、いつもの事務机に座り頭を抱えていた。
未だHouse Keeperの行方は不透明なままだ。
RED CAPが向かった先が怪しいと考え、捜索隊を差し向けるが悉くを処理されていく。
これ以上、人員を無駄にするわけにはいかない。
一体、私はどこで間違えてしまったのか。
契約が切れたと判断し、House Keeperを取り戻そうとしたのが悪かったのか。
そして最悪なのが、あのRED CAPを敵にまわしてしまったことだ。
もう、私も危うい。
机に備えられた電話を見つめる。
あの電話がいつ鳴り響くのか。
それがなにより怖い。
机に広げられた書類。
平凡な少女───白瀬 灯の写真が貼られている。
Mr.swordと白瀬 真の娘。
「お前はなにがしたい、復讐なのか?」
その書類をシワが寄るほど強く握りしめる。
「お前さえいなければ」
もうなりふりを構っていられない。
House KeeperもRED CAPも、邪魔をするのであれば、組織に立ち向かうのであれば。
「我々に刃向かった事を後悔するといい」
しわくちゃになった白瀬 灯の下に文字を書く。
「復讐をしたければするがいい。父親と同じような結果となるだけだ」
赤い字で”Revenger(復讐者)”と書かれた書類。
その瞬間、平凡な少女という記録は、静かに上書きされた。
机の上に置かれた電話の受話器を取る。
「復讐をしたければするがいい。贖いを求めるのなら来るがいい。もう、私は容赦しない」
甘んじて粛清の道を歩むぐらいなら、諸共滅ぼしてやる。
電話の通知音を聞きながら、私は決意した。
その進む先が、どう足掻いても破滅への道だと気付きながらも。




