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震える下命

レッドキャップが去った後、喜伊さんと食卓を囲む。

いつも以上に静かな食卓。

箸が皿を叩く音しか聞こえない。

未だ胸の奥に蠢く仄暗い感情。

それがご飯を飲み込むことを阻むように、箸が進むのが遅い。


「お口に合いませんでしたか?」

不安そうな喜伊さんの声。

その言葉に首を振る。


「色々あって、なんだか……」

せっかく作ってくれた料理に申し訳なくて。


「ご無理はなさらないでくださいね」

その言葉にうなずく。




「喜伊さん」

食器を洗い終えた喜伊さんに声をかける。

「私に何かできることはない?」

手持ち無沙汰が辛くて、喜伊さんに問いかける。


「そう、ですね」

濡れた手をタオルで拭きながら喜伊さんは少し考えるように視線を彷徨わせる。

「もし、よろしければ私の武器の手入れをご覧になられますか? どのような武器を装備しているのか、知っておく方がいいかなと思いまして」

その言葉に私は頷いた。



「これがシェフナイフ、ボーニングナイフ、ペティナイフ───」

懐から包丁を取り出しながら、一つ一つ名前を言っていく。

タオルの敷かれた食卓の上に包丁が何本も、きれいに並べられた。


「本来であれば、お嬢様がお休みになった後に手入れをしております」

気恥ずかしそうに、でもどこか誇らしげに喜伊さんは包丁を見つめる。


「こんなに種類があったんだね。どういう時に使うの?」

そんな喜伊さんの表情が珍しく、興味が沸いた。


一番大きな包丁───シェフナイフを喜伊さんが持ち上げる。

「これは私が一番よく使う武器です。何度もこれには助けられてきましたね」

片目を閉じ、根元から刃先に向けて見ている。

不思議そうに見ている私を見て、少しはにかむ。


「歪みがないか、刃こぼれをしていないか見ているのです。手入れを怠ると切れ味や破損につながり、すなわち死に直結いたします」

「見てみますか?」 と包丁を差し出される。


私が鹿を殺そうと持った包丁が、あの時と同じように私に差し出される。

その時の感情が少し蘇り、少し震える両手で受け取った。


普段見ている包丁なのに、手に持つとズシリと重い。

あの時はまじまじと見ることがなかった。

刃から持ち手まで金属拵えの包丁。

持ち手の部分には握りやすいように溝が彫られている。

同じように見てみるが、歪みも刃こぼれも何も分からない。

ただ、鋭く、食材だけを切るものではないと感じる。


シェフナイフを見ている私を横目に、喜伊さんは少し小ぶりなボーニングナイフを手に取り、同じように歪みや刃こぼれがないかを見る。


「こちらは短く細い分、取り回しが良いのです」

「面白い形でしょう?」と言いながら同じように私に差し出される。


手に持ったシェフナイフを置き、受け取る。

「隙間に差し込むのにも適していて、戦闘以外にも役に立つことが多いのですよ」

シェフナイフに比べると少し短く、よく見る包丁と同じ大きさだが、刃先が少し沿っていて小さな刀のように感じる。


「これはペティナイフですね。通常の物より柄を短くしていますので、このように───」

喜伊さんは指先でクルリと回しながら、手のひらに収まったかと思うと手品のように消えてしまった。


驚いた私を見て、おもしろそうに喜伊さんは微笑む。

「隠し持つことも可能です」


いつの間にか手に現れたペティナイフを、驚きながらも同じように受け取る。

包丁をそのまま小さくしたようなサイズ。


「……喜伊さんってすごいね」

私の感嘆の声に喜伊さんは少し頬を染める。

少し照れたように、布を一枚取り出し渡される。


「特に刃こぼれもありませんので、汚れを拭うぐらいでいいでしょう。鋭いので、お気を付けください」

そう言いながらシェフナイフを拭き始める。


見よう見まねに同じように拭く。

元々がピカピカで、汚れらしい汚れも見当たらないが、丁寧に拭く。

布が刃を滑る音が響く。


「喜伊さんは」

刃を磨きながら、呟くように話しかける。

喜伊さんは手を止め、私を見る。


「その、長いことこういうことをしていたの?」

直接的な言葉を言うのは憚られて、ついぼかしたような言い方をしてしまう。


「そうですね、平穏に生きている方が短いと思います。これと共にお嬢様に言えないことを何度もしてきました」

そっと手に持った刃を撫でる喜伊さんの顔は、無表情で冷たい。


「そう、なの」

想像はしていたが、喜伊さんの言葉に少なからず衝撃を受ける。


「……幻滅しましたか?」

その言葉に首を振る。


「そんなことはない。私は喜伊さんと一緒に過ごしてきた。その時間に嘘はなかったと思う」

過去はどうであれ、喜伊さんが私達に尽くしてくれた時間や思いに偽りはないように感じる。


「そうですか」

ホッとしたような声。


唐突に、喜伊さんの手が止まる。

張り詰めるような空気。


「お嬢様、少しこちらでお待ちを」

手に持ったシェフナイフと、机に置かれていた刃物を次々と懐に仕舞いながら立ち上がる。


「待って、喜伊さん。私も───」

喜伊さんは驚いたように私を見る。


続きの言葉を言おうとするが、口がうまく動かない。

私になにかできるのだろうか。

迷惑をかけるだけではないのか。

マリオネットの手を受け入れようとする喜伊さんの諦めたような顔が脳裏に浮かぶ。


手に持ったペティナイフの柄を握りしめる。

その冷たさが、私の言葉を奪っているように感じる。


「……連れて行って。私もそこにいるべきだと思うから」

絞り出したかのような小さな声。


喜伊さんは逡巡するように私の目を見つめる。

何度か言葉を発しようと口を開けては閉じた。


「分かりました。決して私のお傍を離れないように」

私の手からペティナイフを受け取りながら、喜伊さんは覚悟を決めたように言った。




暗い山道を走る。

私の後ろでお嬢様は息を弾ませながらついてくる。


敵意を帯びた複数の気配が感じられた。

その場所まで一直線へと向かうが、違和感を感じる。

その数が徐々に減っていく。

そして、微かな戦闘音がその気配の辺りから聞こえる。


「お嬢様」

立ち止まり、お嬢様の動きを手で制す。

声には出さず、森の奥に指を指す。


そこには二人、なにかを警戒するように私達に背を向けていた。

お嬢様は必死に目を凝らし見ようとするが、見えないのか不思議そうな顔を私に向ける。


「二十メートルほど先に、二人の敵がいます」

お嬢様の耳元に顔を寄せ、声を潜めて言う。

触れたお嬢様の体が微かに震える。


───どうされますか。

促す言葉を言うべきか、迷っていると。


「敵、なんだよね」

未だ見えないであろう者を、それでも見逃さないように視線を逸らす事なく言う。


「はい」

その言葉に短く返事を返す。


何度か、深呼吸をするようにお嬢様は息をする。

震える手は無意識にだろう、私の服の裾を握り締めている。

私は踏み出そうとするお嬢様の言葉を待った。



------------

怖い。

人を殺せと命令するのも。

この手に持つ力が、簡単に人の命を奪ってしまうことも。

その力を振るうのが。

喜伊さんの手を血に濡らし、固く強張らせてしまうことが。

だけど、この胸に燃えるものが、立ち止まる事を許さない。

私はその選択肢を選んだのだから。

------------



なにかを決意したかのように、お嬢様の瞳が私を見つめる。

「───倒して、喜伊さん」

揺れる、か細い声。

お嬢様の言葉に、胸が締め付けられる。


「かしこまりました」

努めて平静に、お嬢様に私の動揺が伝わらないように、いつもより硬い声で返事をした。


私は解き放たれた獣の如く闇に紛れ、二人のうち、手前側の男の背中に肉薄する。

懐から取り出したボーニングナイフで、後ろから男の口を抑えながら喉を切り裂く。

小さな物音を立てて、男は人形のように地面に倒れる。


何事かと振り向いたもう一人の男の顎から頭に向けてボーニングナイフを突き上げた。

微かに痙攣しながら、また同じように地面へと倒れた。


ナイフについた血を振り払いながら、お嬢様の下へと戻った。


「敵を───」

始末してきました。

そう言おうとして、お嬢様の顔を見て口をつぐんだ。


「無効化してきました」

その言葉に、お嬢様は大きく息を吐いた。

暗がりでも分かるほど顔色は悪く、汗がにじんでいる。


「ありがとう、喜伊さん」

弱弱しく私に笑いかけるお嬢様。


「いえ」

慰めも、労りも、今のお嬢様にはするわけにはいかない。

一歩一歩、お強くなられようとされている。

だから、私は当たり前のようにこなしていく。


「先へ進みましょう」

ボーニングナイフを懐に仕舞いながら、また進みだした。



気配が多く集まっていた場所へ進めば進むほど、血の匂いが強くなっていく。

その一番濃い場所へと到着した。


「よう。なんだ眠れねぇのか?」

骸の山の上に鎮座する、赤い帽子の悪魔。

血が滴る手斧をゆらゆらと揺らす。


むせかえるような血の匂いと、死の香りが漂う異様な空間。

ぴちゃりと、水たまりを踏むような音が足元から聞こえる。

それが血だまりを踏んだ音だと気付き、お嬢様は小さな悲鳴をあげた。


「確認に来ただけですが……もう終わったようですね」

その言葉に、レッドキャップはヒヒッと小さく笑う。


「残念だったな。残飯さえも出てねぇよ」

グリッと物言わぬ骸の頭を踏みにじる。

組織の中で見たことのある顔がいくつかある。

恐らく、私達に差し向けられた刺客だろう。


「どうするつもりなんですか、少なくとも敵ではないでしょう?」

私の言葉にレッドキャップは眉を顰める。


「お前もそんなこと言うのかよ。敵だの、味方だのくだらねぇ。アタシはアタシのやりたように動くだけだ。勝手に勘違いして、アタシを味方とカテゴライズしたのはあっちだぜ?」

何事もないように飄々としながら、レッドキャップは骸に刺さったナイフを抜き、血を拭うことなく腰の皮ベルトに納める。

愚かで、危ういその行動に今度は私が眉を顰めた。


「あなたの進む道も、破滅しかないでしょうね」

その言葉に不愉快そうにレッドキャップは鼻を鳴らす。


「生きたいように生きて、なにが悪い。お前もそうだろう。生まれ持った性なんだよ。欲望のままに血煙をまき散らしながら、生を刈り取っていく。好きなように生きる、それが”アタシ達”だろ?」

手斧で私を指す。

手斧に付いた血が刃を伝い、地面へとポタリと落ちた。


「……私をお前と一緒にするな」

自分の言葉でありながら、なんて軽い言葉なんだろう。

レッドキャップの言葉は私の核心を突いてくる。

それが不愉快で、そして欲望のままに動けることに少し羨ましくも感じる。


「自分の性を、根底を否定すんなよ。立ち位置が違うだけで、根っこは同じだ」

その言葉になにも反論することができず、レッドキャップから視線を逸らす。

そんな私を、レッドキャップはつまらなそうに見る。


「くだらねぇ。いつまでも、てめぇとおじょうさまを欺けると思うなよ」


鼻を鳴らしながら手斧を無造作に革ベルトに納める。

そのまま骸の上で、ベッドに寝るようにゴロンと横になる。


「失せろ。もう話すことはねぇよ」


そのままレッドキャップは目をつむった。

私は言い返す言葉を探すも、なにも見つけることができず、お嬢様と共に拠点へと引き返していった。


レッドキャップがまき散らした血の匂いが、いつまでも私の後をついてきた。

未だ彷徨う私を、あざ笑うように。


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