表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/70

仰ぐ空、覗く深淵

庭に好き放題生えた雑草を抜いては、ごみ袋へと入れていく。

元は畑だったからか、柔らかな土のお陰で、雑草はそこまで抵抗なく抜けていく。

涼しくなったとはいえ、照る陽は鋭く、汗が流れる。

荒れ放題の庭を見て、庭の草むしりを買って出た。

喜伊さんは少し驚きながらも、軍手と帽子を用意してくれた。


「お嬢様、そろそろお休みになってはいかがですが?」

縁側から喜伊さんの声が聞こえる。

顔を上げると、お盆に乗った麦茶とお絞りを持った喜伊さんが微笑んでいた。

汗をかいたグラスが、遠目からでも涼しそうに見える。


「うん、ありがとう」

額に流れる汗を腕で拭いながら、喜伊さんの下へと行く。

麦茶と一緒に用意された冷たいお絞りで顔や首を拭く。

縁側に座り、氷が浮かんだ麦茶を一息で飲み干した。


「お疲れ様でございます。こんなことをお嬢様にさせてしまって、申し訳ないですね」

そう言いながら、そっと小皿に乗った涼しげな水菓子を差し出してくれた。


「ううん。あまりこういう事したことなかったからさ、新鮮で楽しいよ」

用意されたフォークで水菓子を刺し、口へと運ぶ。

甘さと程よい塩気が、体に染みる。


「それは、ようございました」

空いたグラスに、麦茶の入ったピッチャーを傾ける。

からんっと氷がぶつかる涼しい音が響く。

心地よい風を感じながら、雑草がなくなって畑らしくなった庭を見る。


「今からだと、何を植えるのかな」

呟きのような私の言葉に、喜伊さんは少し考えるように口に手を当てた。


「そうですね、少し遅いですが茄子か、これからは芋類やダイコン、玉ねぎも良いですね」

喜伊さんの言葉を聞きながら想像する。


「ああ、楽しそうだね……」

空想の中で繰り広げられる未来。

四苦八苦しながら育て、収穫を喜びながら、採れた野菜を喜伊さんが料理してくれる。

想像するだけで幸せだ。

喜伊さんは微笑むだけでなにも言わない。


「いつか───」


空を見上げる。

いつもより青く、高い空。


「いつか、しようね」


その言葉は空に吸い込まれるように、高く昇っていく。


「はい」

喜伊さんも同じように空を見上げていた。

なんてことはない、普通の約束。

ほんの少し、なにかが違っていたら簡単に叶うこと。

だけど、私にとっては夢のようなこと。


「して、みたいね」

ただ、思うだけ。

でも、言わずにはいられなかった。




事務スタッフのトップは、執務室で昨日と同じように書類の整理をしている。

すると、ノックもなく突然乱暴に扉が開かれた。


「よう。困ってるみてぇだな」

RED CAPが楽しそうに、遠慮なく入ってきた。

人の不幸を笑うように、固いブーツで床を叩きながら近づいてくる。


「そうですね、ちゃんと動いてくれない方もいますから」

私の皮肉にも動じることなく、机の上に置かれたチョコレートを断りもなく食べる。


「うめぇな。こんな美味いもんばっか食べてるからだよ。たまには泥水でも啜ってみたらどうだ?」

パクパクと無遠慮に食べ進める。


「……言われなくとも、そのうち啜る羽目になりそうですよ」

机の上にある電話をチラリと見る。

もう、私も危うい。


「───探してやろうか?」


チョコレートの包み紙を無造作に床に放り投げながら、RED CAPは笑う。


「本当ですか?」

目の前の存在の、意外な言葉に思わず前のめりになる。

珍しい、自ら私達に協力を申し出るとは。

RED CAPは頷きながら、もう一つチョコレートを口に放り込んだ。


「あぁ。そんなおもしろそうなこと、乗らなきゃ損だろ。……ただし、条件がある」

手に持たれたチョコレートの包み紙が、クシャリと音を立て握り潰される。


「好きなように、動く。だから、邪魔をするな」

口元から笑みが消え、凍えるような冷たい声が代わりに出てきた。


「……限度は───」

私の言葉を遮るように、机から身を乗り出し、顔を近づけてくる。


「そんなものはねぇ。やりたいようにやる。てめぇらは隅っこで黙ってろ」

甘い香りがする。

先ほど食べていたチョコレートの匂いのはずなのに。

今まで嗅いだことの無いような匂いに感じ、ゾッとする。


「アタシの邪魔を、するな」

キャップで隠れた暗い目元。

一体、これはなにを見ているのか。

思わず、喉が鳴る。


「い、いいでしょう」

へばりつく喉をなんとか動かし、返事をした。

悪魔のような笑みを浮かべ、RED CAPは離れた。


「まぁ、気長に待ってろ。悪いようにはならねぇからな」

満足そうに笑いながらRED CAPは執務室を出て行った。


出て行ってしばらくしても、私は動けずにいた。


───悪いようにはならねぇからな。


RED CAPの行動が我々の想定内で収まる事を願いながらも、薄々感じてしまう。

なにか、とんでもない悪魔の契約を結んでしまったと。

解き放たれ、嬉しそうな悪魔の笑みを思い出しながら、私は深く息を吐いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ