見上げる者と、見下ろす者
事務スタッフのトップは、執務室の椅子に座り報告を聞いていた。
「───以上が報告となります」
報告を聞き終え、深く椅子に座りなおす。
「なるほど、行方をくらました。そして、行先も現時点では不明とのことですか」
報告の内容を反芻するように、呟く。
「勿論それで、終わりではないですよね?」
私の問いかけに、報告をしていたスタッフが背筋を伸ばす。
「は、はい! 今は人を使って捜索をしています」
机に広げられた書類の一部を手に取る。
金髪の白人受付嬢の写真が貼られた書類。
担当欄には二重線で消された白瀬 真の名前。
「なにか新しい発見はありましたか?」
この受付嬢とは、上司としてある程度長い付き合いだ。
だが、裏切るような素振りも、理由も見当たらない。
「い、いえ。連絡をし、情報を流していたことは間違いないのですが、それ以上のことを聞く前に……」
書類に記された”心臓発作によるショック死”の文字をなぞる。
想定外が多い。
動かそうとした駒が次々と消えてしまっては、計画は上手く動かない。
「死ぬ寸前まで責めろと言いましたが、殺せとは言っていませんけどね」
唯一のつながりも、途絶えた。
彼女がなぜ、情報を流したのか。
白瀬 真への義理なのか?
それとも───。
「SATANとMARIONETTEは?」
その言葉に、書類と私の顔を行き来しながら報告をする。
「SATANは自分の仕事は果たしたと。MARIONETTEに関しては想定以上のダメージにより修復中で時間がかかるとのことです」
うまくいかないものだ。
眼鏡をはずし眉間を揉む。
「SATANにはもう一度依頼を。MARIONETTEの所有者には修理費はこちらで持つので、なるべく早く復帰を、と伝えなさい」
どうせ梨の礫だろう、と確信しながらも指示を出す。
「RED CAPはどうしていますか?」
動きが読めない、赤いキャップを被った存在。
「待機をしています」
RED CAPの待機というのは、つまり、好きなように動いているということだ。
「あれには逐一House Keeperの動きを報告しなさい。思わぬ方向に転ぶやもしれません」
妙に勘が鋭く、不可思議な行動も終わってみれば的を得ていることも多い。
選択肢は多いに越したことはない。
「HEROはどうされますか?」
いつも包帯まみれの不気味な男。
宿命を言い訳にし、結果的に我々の邪魔をした。
理由がなんであれ、処罰は必要だ。
「……契約上問題無いとは言え、邪魔をしたと同義です。罰として次のステージは通常より難易度を二段階上げなさい」
スタッフの喉が鳴る。
「し、死にませんか?」
その言葉を言ったスタッフを睨む。
「死ぬ? それがどうかしましたか? 復唱なさい」
その言葉にスタッフは、ビクリと肩を震わす。
「いえ……失言でした。難易度を二段階上げた設定で整えます」
頭痛を伴うイラつきを抑えるように、再度眉間を揉む。
「それで欠番になるようならそれまでです」
そう言っても、HEROが死ぬという未来があまり想像できない。
瀕死になりながらも帰ってくる、血まみれの男。
何度見てもゾッとする。
「不愉快ですね……。報告が終わったのなら速やかに行動に移しなさい」
その言葉に、弾ける様に会釈をしてスタッフは出て行った。
息を吐きながら、椅子の背もたれに深く身を預ける。
「ああ、気が重い」
机の上にある電話の受話器を持ち上げながら、短縮ボタンを押す。
私の報告で、できる限り私に処罰がこないことを願いながら。
長旅の疲れを癒すように、庭に面した縁側へ座る。
満天の星空。
静かな夜に響く虫の声。
そよそよと穏やかな風。
まるで昨日までの出来事が嘘のように、ここは静かだ。
「どうぞ」
いつのまにか喜伊さんが隣に来て、湯呑に入ったお茶を出してくれた。
「ありがとう。喜伊さん、今日の夕飯とても美味しかったよ」
その言葉に喜伊さんの顔がほころぶ。
「それは、ようございました。あり合わせの材料でございましたが」
謙遜するが、どこから調達したのかと思う程、川魚や山の幸などが多く、いつもより満足できたぐらいだ。
二人の間を柔らかな風が通り抜ける。
「ここは、いいところだね」
風でそよぐ髪を整えながら、星空を見上げる。
「ええ。心落ち着ける場所かと思います」
その言葉の裏に含まれたもの。
多分喜伊さんは、私とこのままここで───。
その思いは、魅力的だ。
「うん。でも、ここで終わりじゃない」
喜伊さんを見ずに、空を見上げたまま。
喜伊さんは何も言わない。
溢れる星空。
長い旅の果てに、私に降り注ぐ光。
「進まなきゃ」
それを見上げながら、私は願った。




