歩幅を合わせて
「お嬢様、ひとまず拠点を移しましょう。ここもいずれ発見されるでしょうから」
そう言いながら、あらかじめ用意してくれていた、小さなバッグを渡してくれる。
「荷物は必要最低限ではありますが用意しました。不足があれば私が現地で調達します」
私は頷き、確認のため、バッグを開く。
「喜伊さん……」
バッグの中には一日分程度の着替えと、写真立てが二つ入っていた。
思わず喜伊さんを見るが、なにも言わず微笑むだけ。
「ありがとう」
あの写真立てを”必要”の中に入れてくれたこと。
それが嬉しくて、喜伊さんの気持ちをバッグごと抱きしめた。
私達は準備を終え、家を出て、玄関の鍵を閉めた。
「では、行きますか」
私のバッグと同じぐらいのサイズのバッグを持った喜伊さん。
私は頷き、喜伊さんの後ろを進む。
後ろ髪を引かれるように立ち止まり、マンションを振り返る。
もう、戻ることはないんだろうなと漠然とした思いを抱えて。
警戒しながら、喜伊さんは私の前を歩く。
大通りはできる限り通らず、路地裏や住宅街を抜けていく。
しばらく歩くと、大きな倉庫のような建物についた。
「引っ越し屋さん?」
看板を見上げながら、不思議そうに呟く。
「ええ、こちらです」
裏口のようなところから、倉庫内へと入っていく。
倉庫内には人がほとんどおらず、いてもこちらを気にする様子はない。
それが不思議でもあり、動じない喜伊さんが頼もしくもあった。
喜伊さんはトラック一台一台確認するように歩き、一つのトラックの前で立ち止まった。
「乗り心地はご容赦ください。何より発見されない、というのが最優先ですので」
目の前にある引越しのトラック。
その荷台へと喜伊さんは入っていく。
恐る恐る私も続く。
誰かのものだろう、梱包された家具やダンボールが所狭しと並んでいる薄ぼんやりとした荷台の中。
「い、いいの?」
先に進む喜伊さんの背中に問いかける。
「ええ、話は済んでいます」
荷台の一番奥に、ちょうど二人分座れる空間があった。
座りやすそうな座椅子二つと、その上にブランケットが置かれている。
ブランケットを持ち、喜伊さんが座るように促してくれた。
「ありがとう」
戸惑いながらも座ると、膝の上にブランケットをかけてくれた。
喜伊さんも同じように座る。
そして、壁を二回コンコンと叩く。
しばらくすると、鉄の軋む音をさせながら、扉が閉められた。
真っ暗闇になる空間。
エンジンのかかる音。
そして、トラックはゆっくりと動き出した。
しばらく問題なくトラックが動くのを確認して、喜伊さんがゴソゴソとなにかを用意して───、パッと明かりがついた。
小さなランタン。
未だ戸惑う私の顔を見て、少しおかしそうに喜伊さんは笑った。
「申し訳ございません、先に説明するべきでしたね」
笑いながら、少し申し訳なさそうにランタンを近くの荷物へとひっかけた。
「ううん。驚いたけど、すごいね」
移動するとなれば車は想定していたが、トラックの荷台とは思わなかった。
「ええ、私の個人的な伝手の一つですので、組織も知らないかと思われます。なにより、この車ならどこを走っても怪しまれない───」
大きく、がくんっと揺れ、バランスを崩した私は喜伊さんに抱きしめられるようになる。
「……乗り心地が悪いのが難点です」
困ったような顔をする喜伊さんが、なんだかおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
「大丈夫、このぐらい。喜伊さんが考えた中で一番安全なんでしょ?」
座椅子に座りなおしながら、ブランケットを膝にかけなおす。
「ええ。それとお嬢様、長時間の移動となります。喉の渇きや、小腹が空きましたら、いつでもお申し付けください」
ただ、とそこで言葉を切った。
「お手洗いはいつでも、とは言えませんのでお気を付け下さいね」
いたずらっぽく笑いながら言う喜伊さんに、私は辺りを見回しながら確かに、と頷いた。
トラックは止まること無く、ひたすら走り続けている。
その変わらない振動のリズムと暗闇が睡魔を引き起こす。
うとうとする私の頭を喜伊さんは膝枕で迎えてくれた。
何時間揺られたのだろうか。
外も見えないので、時間感覚も分からない。
睡眠と覚醒を短い間隔で繰り返している。
「お嬢様、そろそろです」
そんな言葉が睡魔の淵を歩く私の意識を覚醒させる。
たしかに、トラックの音は少し穏やかになっていっている。
ゆっくりと止まったり動いたりを繰り返し、ついにはエンジンまでも止まった。
複数人がトラックの周りを歩く音。
その音に、思わず近くにいた喜伊さんの服の裾を握る。
「大丈夫ですよ」
握りこむ私の手を、そっと喜伊さんは包んでくれる。
鉄の軋む音を立てながらトラックの荷台の扉は開かれた。
荷台に入る頃は日が高かったのに、扉の向こうの空はもう日が沈んでいた。
扉の向こうで帽子を目深に被った作業員が二人、荷台の両脇を固めるように立っていた。
喜伊さんは立ち上がり、私に手を貸してくれる。
「行きましょう」
そう言いながら先を歩く喜伊さんの背中を追いかける。
作業員は、なにも言わない。
喜伊さんもすれ違っても、なにも言わない。
私は戸惑いながらも、すれ違いざまに頭を下げ、先を進む喜伊さんの後をついていった。
私達が降りたのを確認し、扉を閉めると作業員達はトラックに乗って走り去っていった。
降ろされたところは、山の中にある道路みたいなところ。
民家も辺りに見当たらないそこは、街灯も少なく、人の気配もしない。
「少し歩きます」
そう言いながら、山の方へ、よく見れば舗装された道を喜伊さんは藪を払いながら進む。
置いて行かれないように私も追いかける。
しばらく獣道と言ってもいいような道を進むと、古い平屋の民家が見えてきた。
田舎の祖父母の家と言えば思い浮かぶような、木造の家。
荒れ果てた庭とは対照的に家の方は荒れた印象はない。
「少し汚れてはいますが、どうぞ」
手慣れた手つきで、鍵を開け、引き戸を開ける。
促されるまま中へ入ると、見た目とは裏腹に埃っぽさも、痛んだ様子もない。
手入れが行き届いた、温かな空間。
でも、いったい誰が手入れをしていたのだろう。
私から荷物を受け取りながら喜伊さんは微笑む。
「ここは私の拠点の一つです。人里から離れておりますので、多少不便ではありますが、しばらくは安全に過ごせると思います」
喜伊さんの微笑みに安堵が滲んでいるのが見えて、私もホッと息を一つ吐いた。
「お疲れでしょう、お風呂を沸かします。その間にご飯もお作りしますね」
その言葉に私は頷いた。
靴を脱ぎながら、もう一度家の中を見渡す。
───ここから。
先に進んでいた喜伊さんが、振り返り微笑む。
───私は、進んでいく。
私も喜伊さんに微笑み返す。
やっと喜伊さんと同じ歩幅で進むことができるのだと感じながら。




