慙愧の雨に、傘を差しだして
食事を終えると、喜伊さんが布団を敷いてくれる。
一組しかなかった布団。
それを私に譲って、床で寝ようとする喜伊さんを止める。
「風邪、引いちゃうから」
喜伊さんを気遣ったような言葉。
それは、ただ少しでも喜伊さんを近くで感じたい思いがあった。
やはり、シングルの布団に二人は狭い。
触れざるを得ない体。
触れたところから感じる体温。
喜伊さんに、前のような硬さはない。
穏やかな空気。
安堵感に包まれる。
だけど。
その温もりが、心地いいほど。
今日の出来事が鮮明に思い出される。
なにもできなかった自分。
喜伊さんの命までも失くそうとしてしまった。
知ろうと思わなければ。
進もうと思わなければ。
こんな事にならなかったのでは……。
無力な自分が悔しくて。
布団の中で丸まり、拳を強く握り込む。
浅く短くなる呼吸と、ズシリと重くのしかかる掛け布団。
───消えてしまいたい。
罪悪感に押しつぶされるように、自分の体がどんどん小さくなっていくように感じる。
「お嬢様?」
頭の上から降ってくる、喜伊さんの優しい声。
それさえも私を責めているように聞こえてしまう。
「ごめんね」
思わずこぼれた謝罪の言葉。
「ごめん……」
それ以上の言葉が出ない。
言いたいことはたくさんある。
だけど私の震える口が、溢れる思いが、それ以上言葉を紡がせてくれない。
涙がこぼれないように、堪える。
胸に宿ったものまでも、こぼれてしまいそうだから。
歯を食いしばって、泣き声を抑え込む。
覚悟までも、吐き出さないように。
ふと、喜伊さんとの距離がほんの少しだけ近くなった。
「お嬢様、いいんですよ。今日は……今日だけは」
喜伊さんの手が布団の上から撫でてくれる。
幼い頃に、してくれたように。
優しく。
心臓の鼓動のように、穏やかに。
ポロリと一筋、涙がこぼれた。
それが呼水のように、ぽろぽろと両目から溢れてくる。
「ごめんね、喜伊さん」
謝罪しか出ない口。
食いしばった口から、抑えきれない嗚咽が漏れる。
喜伊さんはなにも言わず、寝かしつけるように、ただトントンと優しくたたいてくれた。
お嬢様は、頰に幾筋の痕を残しながら眠った。
「お嬢様は、なにも悪くありませんよ」
穏やかな寝息を立てるお嬢様に、呟くように言う。
何度も、何度も「ごめん」と謝罪を繰り返したお嬢様。
謝罪される度に、胸が痛くなる。
お嬢様が悪いわけではない。
むしろ、私が謝らなければならない。
守ると言っておきながら、守りきれなかった私が悪いのだ。
抱きしめてあげたかった。
抱きしめ、頰を寄せ「お嬢様は、悪くありませんよ」と慰めてあげたかった。
だけど、それをするわけにはいかない。
お嬢様は立ちあがろうとなさっている。
暴力と悪意に晒され、踏みにじられて。
それでも、立ち上がり、進もうとしている。
その気持ちを支えるように、涙に濡れた頬を、そっと撫でる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。明日はきっと、今日よりお強くなれますから」
お嬢様はきっと、再び立ち上がれます。
そう思いを込めて、お嬢様の目尻に残った雫を拭う。
「今だけは、ゆっくりお休みくださいませ」
───お嬢様ならきっと、大丈夫ですから。
枕元で静かに鳴動するスマートフォン。
何かを知らせている。
だけど、今だけは。
この瞬間だけは。
主の涙を拭う役割をさせてほしい。
涙雨に濡れる主に、傘を差し出す役目を、全うさせてほしい。
再び飛び立つために休んでいる、我が主のために。




