無力は罪なのか
帰り道を二人で静かに歩く。
「家には帰れませんので、真様の使われていたお家へ」
そう言う喜伊さんに頷いて、父さんの家へと向かう。
長い一日だった。
いつものように喜伊さんは横を歩いてくれる。
ここだけを見れば、いつも通り。
まるで夢のような、現実感のない一日だった……だけど。
自分の手足に未だ残る拘束具の重さが、それが紛れもない現実だということを知らせる。
体の震えはだいぶ収まった。
だけど、心臓の鼓動はまだ早い。
すべてが終わったわけではない。
私は何も成し得ていない。
始まってすらいないのかもしれない。
それでも。
ちらりと、喜伊さんの顔を横目で見る。
目が合うと、心が通じ合ったように微笑み返してくれる喜伊さん。
その笑顔が、私の心を幾分晴らしてくれる。
初めて現れた明確な敵。
長い黒髪の少女。
どす黒いものを内包した存在。
それと───。
───ありがとう。
マリオネットと呼ばれた少女の無垢な声。
意志というものを感じさせない、あの表情。
言われたことを、愚直にこなそうとする存在。
まるで、親の言うことが絶対な幼子のように。
喜伊さんと戦った時も、私が手当てをした時も。
あの子はあの子のままだった。
あの子は何も知らない。
ただ言われたことを、言われたままこなすだけ。
そこに、善も悪もない。
あの子の傷は怖かった。
けれど、あの子自身が怖いとは感じてはいなかった。
車や包丁に対して、恐怖を感じないように。
あの子は大丈夫なのかな。
役目をまっとうできずに帰って。
無事でいて欲しい。
今まで喜伊さんと殺し合いをしていたのに。
そう思ってしまう自分に少し違和感を感じながらも。
それでも、そう願わずにはいられなかった。
真様の家に着き、ほっと息をつく。
無事家に着いた。
不思議なほど、穏やかだ。
あれで終わりなわけがない。
そう警戒をしていた。
だが、レッドキャップが現れることもなく。
追撃も来ることなく。
拍子抜けをするほど、簡単に。
家についてしまった。
スマートフォンに触れる。
部屋に供えられたセンサーも、カメラも。
異常は知らせていない。
多少の警戒をしつつも、部屋へと入った。
お嬢様の拘束具を外す。
真様が残した工具で、苦も無く外れた。
お嬢様の手首に、わずかに血がにじんでいる。
だが、それだけで済んだ。
お嬢様の顔を盗み見る。
楽になった手首をさするお嬢様。
その顔には、痛みも、恐れも感じられない。
不気味なほど、静かな表情。
なにを思っているのか。
なにを考えているのか。
───いや、なにを願ってしまっているのか。
私にはそれが分からない。
分からなくなってしまった。
その初めての思いに少しゾッとする自分を抱えながら、台所へと向かった。
喜伊さんが作るご飯ができるまでの間、シャワーを浴びる。
水が当たると、拘束具によって擦り傷となった手足がひりつく。
───今日、私はなにができた。
なにをするべきだった。
喜伊さんを信じると言って、信じ切れなかった。
喜伊さんは私を信じてくれたのに───。
痛みが、そう訴えかけてくる。
未だ選択肢が見えない。
私が弱いから?
だから、喜伊さんを危ない目に合わせた。
あの諦めたような喜伊さんの顔が思い浮かぶ。
あんな顔をさせるために、私は進むことを選んだのではない。
もっとなにかできたはずだ。
私にできるなにかが。
体が揺れる。
それが、自分の体が震えているのだと気付くのに、少し時間がかかった。
───悔しい。
頬を伝い流れ落ちる熱いもの。
それが流れ落ちる水だけでないことは分かっていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
初めての戦闘、失うかもしれない恐怖。
それは灯の心をかき乱し、喜伊の感情を逆なでしていき、否応なく残された僅かな平穏さえも
奪っていきます。
この先、灯はどう成長していくのか。喜伊はどう変わっていくのか。
少しでもそれを楽しんでいただけたら幸いです。




