第十四章 愛と遭い 六話
この場に一番いるはずがないと思っていた人間が目の前に居る。
高級な黒いスーツを身に纏って、アッシュたちを睨みつけるジョーン。
ジョーンは無言のまま、二歩前へと出ると、扉が独りでに閉まって行く。
「どうだ。これで分かっただろ? 公にされてないとはいえ、ジョーン大統領が、直々にお越しなさって、私の証言に同意してくれている。この場にジョーン大統領が居る事が、なによりの証明だ」
「そ、そんな。ばかな」
カズイが酷く動揺している。
アッシュたちは絶望している様な表情をしていた。
「あの、ジョーン大統領。本当に良いんですか? 市民すらも知らない、大統領署名に効力はあるんですか? そんなので市民が納得すると本気で思ってるんですか?」
アッシュが説得でもするかのように必死になって言葉を選ぶ。
しかし、ジョーンは急に不敵な笑みを向ける。
「お前たちは何か勘違いをしている。市民など関係ない。これは、アッシュと私の個人的な契約だ。そこに市民と何の関係がある? そもそも大統領が命じた事は絶対的な法だ。出なければ、世間に公表されるだけでなく、自衛隊や警察などの行政機関のどが何の行動も起こさない? 理由は明白だ。大統領の言う事が絶対的な物だと理解し納得もしているからだ。お前ら一、医師の尊厳など野良犬以下の価値しかないと言う事だ」
ダージュはジョーンの代わりに、当り前だと言わんばかりに嫌々、話す態度を取る。
ジョーンは黙ったまま、コクコクと頷くだけだった。
だが、これで明白となった。
ジョーンは、ダージュ・オブ・ゲーヘントに関与してる。
それだけでなく、アッシュたちは、自分たちの命がどれだけ軽く思われているのかも痛感する。
せっかくここまで頑張ってきたのに、全てが無駄に終わってしまう。
そう思ったアッシュたちは、何の言葉も出てこなかった。
ただ、ただ、目の前が真っ白になるだけ。
暫くの沈黙が流れる。
すると、ジョーンが後ろを振り向き、扉の前にまで歩く。
「では私はこれで。ダージュ先生、後の事は全て君に一任する。その生贄たちを、精々、有効活用したまえ」
「かしこまりました。大統領」
「ん?」
低い声音で悪魔的に口にするジョーンは、その場を去っていった。
ダージュは敬っているようだが、そこにある違和感を感じたカズイ。
しかし、それを整理する時間など待ってはくれない。
その後、すぐにダージュがアッシュとネムイにリンの手術の助手をするよう指示を出す。
ダージュが執刀医なのはもちろんだが、ここでネムイにまで声をかけたのは何故か分からずじまいのまま、反論する余地もないくらいに叩きのめされたアッシュたちは黙って指示に従う。
こうして、ダージュの思惑通りに事が運んでいった。
手術の時間、目前。
正午の一時。
アッシュはリンが麻酔で眠った時が、今生の別れになると悟り、リンの病室にまで足を運ぶ。
「あ、お兄ちゃん!」
「やあ、リン」
二人は仲睦まじく、接し合う。
かけがえのない時間。
これ以上ない幸福。
リンがこの世に生を受けた事が、アッシュにとっての何よりの宝。
そんな妹に、温かい笑顔と言葉を贈るアッシュ。
リンは手術すると言うのに、不安な面持ちなど一切感じさせなかった。
「リン、怖くないのか?」
そこが一番、不安だったアッシュは、何気ないありふれた会話の途中で、踏み切る様に聞く。
「うん。お兄ちゃんがすぐ近くで付いてくれるし。それがリンに取って、何よりもの勇気になるんだよ。お兄ちゃん大好き」
満面な笑みで天使の様だった。
リンはアッシュの事を心底、愛してくれている。
家族の温かさ。
仲間との絆。
亡き戦友に誓った言葉。
その全てを捨てる結果になってしまう事に、アッシュは自然と涙してしまう。
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