表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/52

Node8.1:同期する殺意


挿絵(By みてみん)


親善試合のブザーが鳴り響くと同時に、アリーナの全照明が吸い込まれるように消失した。

静寂。その直後、コートを囲む全方位型巨大ホログラムが、網膜を焼くような黄金の光を放って起動する。

空中に投影されたのは、アル=ナジールの国旗と、圧倒的なまでに巨大な――「調和こそ力(HARMONY IS POWER)」――というスローガン。それは観客へのメッセージではなく、この空間を支配するAI「―HARMONIA―」による、リアルへの宣戦布告のようだった。


「……始まったな」

観覧席の特別室で、アメリカ代表のイーグル・Jの鋭い視線がコートを射抜く。


アル=ナジールは最初からシステムをフル稼働させてきた。

NOVAは前戦に引き続き、あえて身体的アドバンテージを捨てた150cmの「本来のアバター」で立ち向かう。

対するアル=ナジールのプレイヤーは、AIのように完璧に同期していた。フロントチェンジもレッグスルーも、まるで事前にプログラムされたムーブのように、コンマ一秒の誤差もない。


「やはり……全員のタイミングが、揃いすぎてる。しかもアメリカ戦の数倍速い!」

ベンチでタブレットを操作するYUTAが、眉をひそめる。解析データによると、個々の反応速度が人間の限界値を遥かに超えていた。


日本代表は序盤から圧倒された。アル=ナジールはダブルチームのタイミングを計算し、パスコースを片っ端から潰してくる。まるで相手の思考を先読みしているかのようだった。

そして、アメリカ戦と打って変わって、アル=ナジールのプレイヤーは積極的に身体接触コンタクトを仕掛けてくる。

NOVAがドライブを仕掛けようとすれば、リーダーのアミールが磁石のように吸い寄せられ、肩、腕、胸元へと確実に接触してくる。


「……お前たちのような『自由』を謳歌する者は、この砂漠の苦しみを知らない」

アミールは、日本チームへ敵意をあらわにして呟く。


至近距離で触れ合った瞬間、アミールの低い声が、NOVAの耳元ではなく、脳内に直接響いたような錯覚に陥る。アミールの瞳には、冷徹な勝利への渇望以上のものが宿っていた。


「昨日まで飢え、明日の命さえ保証されなかった我々の民が、ようやく手に入れたこの平穏を……たかが『ゲームの興奮』という不確かなもののために壊させてたまるか。お前たちは『光』ではない。我々の安寧を乱す『毒』だ!」


アミールのドライブは重く、鋭い。NOVAを抜き去らんとするその一歩には、国家の存亡を背負った守護者としての執念が込められていた。

接触のたびに、NOVAの視界がかすかにノイズで歪む。Xから事前に警告されていた「ニューラルハック」による意識への干渉。それはアミールの強烈な意志を媒介にし、”HARMONIA”を通じてNOVAの精神に「支配されることの正当性」を叩きつけるかのような重圧となって襲いかかってきた。


「向こうの同期ネットワークが、接触を通じて何かを誘導している……?」

YUTAが戦慄する。アミールの敵意とシステムの干渉が一体となり、NOVAの「意志」をじわじわと削り取っていた。


「アンチウィルス・パッチが機能していない……。コードを、書き換えている」

YUTAの指先が凍りつき、低く、苦い声が漏れた。

アル=ナジールは、世界大会で使用したパッチから、ウィルス・データベースを解析し、全く新しい干渉プロトコルを走らせている。こちらの盾は無効化され、巨大なシステムの壁に飲み込まれていった。


NOVAの息が上がる。動きが、重い。まるで足元に無数のコードが絡みつき、心拍数や判断速度といったフィジカルパラメータが、強制的に下方修正されているようだ。

「このままじゃ……ペースを完全に飲まれる!」

QUEENが歯を食いしばる。彼女のドリブルにも、常に二人の影が張り付き、一瞬たりとも自由にはさせない。


その時、NOVAの意識を支配していたのは、ゲームのデータでも、相手の動きでもなかった。自身を覆う、冷たい『違和感』だった。

「遅い……!なんで、こんなに身体が動かないの?」

脳が「パス!」と命令するコンマ数秒、指先が躊躇する。視界の端で、YUTAの解析画面から飛び出しているかのような、青い光のノイズが見えた。それは、彼女のリアルの神経系にまで逆流し、パフォーマンスを抑制するシステムの介入だった。


「奴ら……わざとぶつかってきてる!」

YUTAがラップトップを叩き、叫ぶ。

「接触の瞬間、NOVAの生体信号を強制的に同期させてるんだ! 彼女の脳をシステムの一部として『マウント』しようとしている……。このままだと、NOVAの意識がシステム側に引っ張られて、完全にフリーズする!」


NOVAの動きが、目に見えて鈍くなる。右へ行こうとすれば、脳が「左へ行け」という偽の命令に汚染され、コンマ数秒のレイテンシ(遅延)が生じる。

QUEENの放つシュートも、アル=ナジールの計算され尽くした「接触」によって指先の感覚を狂わされ、無慈悲にリングに弾かれた。


「……違う。あいつらの狙いは、意識の停止じゃない」

コートサイドで見守るXが、忌々しげに呟いた。

「彼女の脳を限界まで追い込み、過負荷オーバーロードをかけることで――強制的にNOVAの『ゾーン』を引きずり出そうとしている」

そして、その予見通り、彼女の心臓が、システムが生み出す不規則な同期信号を振り払うかのように、激しく鼓動を始める。リアルの肉体の限界を超えて、ヴァーチャル空間の支配を拒否する、純粋な『意志』の反発だった。


次の瞬間、NOVAの中で何かが弾けた。

瞳の奥に宿る光が収束し、彼女は極度の集中状態――ゾーンに入った。

それに同調するように、メンタルパラメータが大きく上昇する。空気が変わる。彼女の動きが一気に高速化し、アル=ナジールプレイヤーと“HARMONIA”との同期がわずかにズレる。ディフェンスが一瞬遅れた隙を突き、NOVAがユーロステップで切り込み、レイアップを沈めた。

だが、ゴールが決まったその瞬間、アリーナ上空に走るホログラムが一斉に激しく点滅した。

「システムが切り替わった……?」

YUTAがベンチで立ち上がって声を上げる。彼のラップトップのコンソールには、警告のログが流れ始めていた。


[system.mode=COLLECT][target.signature=NOVA_ZONE]


“HARMONIA”が、NOVAの輝きを「脅威」ではなく「燃料」として認識したのだ。

「……NOVAのゾーンを吸い上げはじめた!?」

イーグルが驚愕する。


「――吸い上げモード、発動。全パラメータを『調和』へ強制同期せよ」

ハキムの声が響くと同時に、NOVAの体から光の粒子が奪われ、アル=ナジールの選手たちへと流れていく。

NOVAの視界に、奇妙なエフェクトが走る。コートのラインが崩れ、数字や記号のデータの洪水が押し寄せるイメージが脳裏を覆う。彼女の集中状態そのものが、逆にシステムに逆流し、吸収されていく。


「NOVA、君の『心』を我々に捧げよ。君こそが、この国の完成を告げる最後の聖遺物となるのだ」

アミールの言葉と共に、NOVAの意識が薄れていく。


「アル=ナジールプレイヤーの積極的な接触は、NOVAのゾーンを誘発させるため!そして能力を吸い上げ、それを解析するためか!」

イーグルがベンチに向かって叫ぶ。

「NOVA、ダメだ! ゾーンを解いて!」

YUTAの叫びが響く。

「奴らは、君のゾーンそのものを『学習データ』として吸い上げようとしている! 君の自由な発想、予測不能な動き……そのすべてを『コード化』して、システムの部品にするつもりだ!」


――ノイズの反撃NOVAの視界に、無数の数字と記号の洪水が押し寄せる。

彼女の集中力が深まれば深まるほど、システムがその「パターン」を解析し、包囲網が広がっていく。しかし、彼女は止まらない。止まれば、また劣勢に陥り、システムが完全に支配してしまうから。


NOVAは、さらに深く集中する。ドリブルのリズムが極限まで研ぎ澄まされ、システムの同期パケットにノイズを刻み込むかのように、フロントチェンジ、インサイドアウト、シフティングを連続で繰り出す。


「……干渉してる!NOVAの動きが向こうのネットワークに乱数を混ぜてる!」

YUTAが興奮気味に叫ぶ。彼の解析画面では、アル=ナジール側の同期波形に、NOVAのムーブメントと完全に一致した不規則なノイズが乗っていた。

アル=ナジールのAIが一瞬だけバグり、動きがわずかに遅れる。その隙にQUEENがロールターンで切り込み、ダブルクラッチで決めた。

だが、アル=ナジールのシステムも黙っているわけではない。すぐに再構築が始まり、NOVAのゾーンのパターンが、異常な速さで解析され始める。


[zone.signature=MATCHED][analysis.complete=87%]

[counter.measure=DEPLOY]


日本の攻撃が再び鈍り始める。ディフェンスはさらに精密になり、まるで未来の行動を先取りしているかのようだった。NOVAがパスを出す直前、そのコースにアル=ナジールの腕が伸びる。


「また解析された……!?」

QUEENが息を呑む。


異常なまでの学習速度。NOVAが繰り出す「ノイズ」さえも、巨大な演算装置は一つずつパターンとして分類し、対策コードを生成していく。

NOVAは汗を拭い、深呼吸する。――まだ終わらない。ここからが本当の勝負だ。

ステップバック、ターンアラウンド、フェイドアウェイ。すべての技を繰り出すが、相手は寸分の隙もなく食らいついてくる。


「おいおい……これ、マジでSF映画のラスボス戦じゃねーかよ……」

Hare Showが、戦慄と高揚が入り混じった声で呟いた。

NOVAの「剥き出しの心」と、―“HARMONIA”―の「演算システム」による、魂を賭けた戦いが本格化していく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ