Node7.3:鷲と仮面の共闘
親善試合の第一戦、アメリカ代表対アル=ナジール代表の幕が上がった。
アル=ナジール国内でのV.B.Lゲームは、街全体を制御するシステム―“HARMONIA”―内に組み込まれたV.B.Lシステムで行われる。
コート中央に立つのは、アル=ナジール代表。整列した四人のアバターは、ほとんど無機質なまでに均一な動きを見せていた。ドリブル、パス、カットイン――すべての挙動が、まるで同じコードから生成されたコピーのようにシンクロしている。
「……完全にAIのアルゴリズムみたいだな」
アメリカ代表のリーダー、イーグル・Jが低く呟いた。その隣で、高速シューターのシルキーが、前回のゲームを思い出し肩をすくめる。
「でも、バスケは確率論じゃないわ。どれだけ最適化されても、“それを超える動き”をすればいいだけよ」
イーグルは、網膜上の隠しウィンドウでバックヤードと通信を開始した。
『――大樹、聞こえるか。作戦を開始する。奴らの防壁を引きずり出してやる』
観客席の奥で端末を叩く大樹からの返信が、イーグルの脳内に直接響く。
『了解した、イーグル。潜入用のバックドアは、君のニューラルリンクの逆流信号でこじ開ける。……10秒だ。奴らと激しく接触し、システムに負荷をかけろ』
ティップオフ。アメリカのアンドレがボールを確保、イーグルにボールを回す。イーグルは視界全域をスキャンするかのようにコートを見渡し、即座にシルキーへレーザーパスを送る。まさにイーグルアイ。
一方のアル=ナジール。彼らの攻撃は機械的で、ピック&ロールもアイソレーションも、教科書通りの「模範解答」に過ぎない。アメリカは終始主導権を握り、スコアを重ねていった。
だが、その熱戦の最中、イーグルはあえて敵の守備の「最も硬い部分」へと突っ込んでいった。
(今だ……!)
激しい接触のたびに、イーグルは自らの神経信号を逆流させ、アル=ナジールのシステムへ「毒」を流し込む。
『大樹! 今、防壁が俺の精神をハックしようとリソースを割いているはずだ。潜り込め!』
X(大樹)は、指先を踊らせていた。
「侵入経路は……オブジェクト階層の下層。プロセスIDを偽装して……」
コードが走り、スクリーンに見えないコンソールが展開される。イーグルがコート上で囮となってシステムを撹乱している間に、大樹は”HARMONIA”の深層コアへと肉薄する。
だが、あと一歩でコアの暗号を解除できるという瞬間、大樹の画面が激しくノイズに覆われた。
【ACCESS DENIED】
【CONNECTION TIMEOUT】
「……弾かれた? いや、消えたのか……?」
ただ遮断されたのではない。接続先が存在していないかのように空白だった。大樹の瞳に映るログが赤く染まる。防壁そのものが嘲笑う幾何学模様へと姿を変えた。
「クソッ、作戦は中止だ、離脱する! 奴ら、わざと隙を見せて、俺たちを誘い込みやがった!」
そのとき、観客の歓声が爆発した。
イーグルが、警告を受けながらも、強引に豪快なダンクを叩き込んだからだ。
「……今の声、聞いたか?」
イーグルが着地際、小声で仲間に問う。観客席を見渡せば、数千人の観客が、一糸乱れず同じタイミングで立ち上がり、同じ声量で叫んでいた。それは熱狂ではなく、まるで音声ファイルを同時再生したような不気味な同期だった。
大樹は、冷や汗を拭いながら呟いた。
「これが……群衆操作システムか。”HARMONIA”という怪物は、俺たちの侵入さえも『演出』の一部として取り込んで嘲笑っていやがるのか?」
試合はアメリカの圧勝に終わった。だが、勝ったはずのイーグルたちの背中には、勝利の充足感ではなく、底知れない「底なし沼」に足を踏み入れたような戦慄だけが残っていた。
「――アル=ナジールのプレイは、確かにAI的だった。だが“同期ハック”の痕跡は出ていなかった。奴ら、まだシステムの本機能を動かしてない」
試合後、控室でイーグルは険しい表情を浮かべていた。
「じゃあ……何を見せたっていうの?」
シルキーが問う。
「観客だ。あれはデモンストレーションだ。俺たちじゃない、“群衆”を操って見せたデモンストレーションだ。」
「そんなの誰に見せるって言うの?」
「それは判らないが、群衆操作のシステムに興味がある人間だろう。しかし、本当の狙いは、日本のNOVAの―『ゾーン』―を探ることに変わりはないだろう……」
Xは控室の外で、イーグルにこっそりと接触した。
「君の推測通りだ。システムの入り口そのものが偽装されている……つまり、まだ“HARMONIA”のV.B.Lシステムはフル稼働していない。このゲームは、ダミーのリレーションシステムを使ったただのデモンストレーションだった」
「奴らの本当の狙いは、世界大会でアル=ナジールのプレイヤーに支障をもたらした、NOVAのゾーンを―『利用する』ことだろう。あの超越的な集中力を、システムの『部品』―へと作り変えようとしている」
静かな言葉に、室内の空気が重く沈んだ。イーグルは拳を握りしめる。
「奴らとっては、勝敗なんて関係ない。NOVAを潰すこと……いや、“利用する”ことか」
見せかけの勝利、そしてだれかに向けてのデモンストレーション。謎は、深まりつつも、確実に真の戦いが始まろうとしていた。




