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Node 6.2:神経の蹂躙

ラウンドロビン、ラスト1ゲーム――。アリーナは、耳を聾するほどの歓声と、肌を刺すような熱気に包まれていた。

「ファイナルマッチ! 日本代表――対――アル=ナジール共和国代表!」

アナウンスと共にコートに降り立った日本代表の姿を見た瞬間、会場の空気が不穏に包まれた。

「え……なんだあれ? 設定ミスか、それともルール違反じゃないのか?」

観客席からざわめきが波及していく。


そこに立っていたのは、これまでの「フィジカル」を武器にしたNOVAではなかった。身長150センチ。リアルの遥の体躯を寸分違わず再現した、あまりにも小さく、無防備で、しかし剥き出しの意志を宿した「本来の姿」へとリビルドされていたのだ。これは、YUTAが提案した乾坤一擲の賭けだった。


「フィジカルの『数値』をすべて捨てて、余ったリソースを極限まで『感性センシティビティ』と『超反応』に全振りした。……自分の体と同じ感覚なら、神経の伝達ラグはゼロになる。これで、奴らの予測アルゴリズムを超越するんだ」


困惑する観客に対し、審判団からの公式アナウンスが響く。

「説明します。総パラメータ値の範囲内であれば、試合ごとのステータス再配分はV.B.Lの規約上、正当な権利として認められています」

巨大なアル=ナジールの選手たちを見上げるNOVAの瞳に、迷いはなかった。かつて体育館で、理不尽なまでの体格差に挑み続けたあの日の自分。システムの加護を脱ぎ捨て、一人の「バスケットマン・一ノ瀬遥」として、彼女は世界に牙を剥こうとしていた。


「――つまり、OKってことさ。」

YUTAは胸を張って言った。

対するアル=ナジールの4人。アバターは軍服のように統一され、全員の動きは完璧に同期している。まるで“ひとつのAI”が4人を同時に操作しているかのようだった。


――ゲーム開始。序盤は、NOVAたちがスピードで翻弄し、点を重ねる。しかしすぐにアル=ナジールが修正をかける。ウォッチャーのような分析速度、アンドレを超えるフィジカル、シルキー並みのシュート精度。

「……不正ツール集団かよ」

Hare Showが顔を引きつらせた。

アル=ナジールが得点を重ね、点差はじわじわと広がっていく。

「このままじゃ勝てない……」

NOVAの胸に焦りが募る。

そのとき、YUTAが声を上げた。

「覚悟を決めよう。多少の接触は、避けられない!」

接触を覚悟した瞬間、NOVAたちの動きは、水を得た魚のように、動きがよくなり、得点を重ねる。が、しかし……

接触を許した瞬間――NOVAの頭に、ノイズが走った。まるで強制的に別のOSが上書きされるような、不快な感覚。

「……くっ!」

動きが遅れる。応答レイテンシが数百ミリ秒単位で伸びている。

QUEENも顔を歪めた。

「体が……重い……」

Hare Showも膝をつきそうになる。

「なんだこれ……頭ん中に変なパケットが流れてきて……」

NOVAの視界に直接流し込まれる、精神を解体するような高周波のノイズと極彩色の幻覚。――これはイーグルが言っていたデータ汚染。精神そのものに侵入してくる“マルウェア”だ。

そして点差は、再び広がり、敗北の色が濃厚となり始める。しかし、ただ一人、YUTAだけが正気を保っていた。

「やっぱり……」

彼は小さく呟く。


かつて彼が手を染め、そして制裁を受けた「不正ツール事件」。その際、JVBL運営が再犯防止のために彼のアバターの深層に仕込んでいた―「強力なアンチウィルス・パッチ」―。それが今、盾として機能していたのだ。

「みんな、立って!僕に触れて!」

YUTAは、Xから与えられた特権IDを使用し、システムのコンソールを操作し、三人の肩を叩く。彼の持つ抗体プログラムが、フィードバック回路を通じて伝播し、NOVAたちの意識を闇から引きずり戻す。

次の瞬間、彼の声にシンクロするように、他の三人のアバターに光が走る。

フィードバック回路が上書きされ、アンチウィルスコードが展開――汚染データを上書きしていく。

「……体が、軽くなった!」

「くっそ、やっと動ける!」

「行くよ!」

QUEENの指先が鋭く空を切り、凍りついていた優雅なプレッシャーがコートの隅々まで再び満ちあふれる。YUTAの瞳には情報の奔流が蘇り、狂わされたシステムの座標を一瞬でミリ単位まで修正し終えた。翔太は不敵な笑みを浮かべて高く跳ね、アル=ナジールの予測をあざ笑う変幻自在なステップを刻み直す。

そして、NOVAの中で何かが爆ぜた。視界が開け、時間が遅く見える。

脳内で、何かが「臨界点」を超えた。干渉波という外部ノイズを、彼女の脳は自らのエネルギーとして強制的に再変換リマッピングしたのだ。


――NOVA、ゾーンに突入

真紅の警告灯が視界を埋め尽くす。メンタル値:計測不能(OVERFLOW)。

世界が静止した。システムの「骨組み」が透けて見える。NOVAは重力から、そして管理された意識から完全に解脱した。


――閃光。

NOVAは、一見無茶とも思えるドリブルでアル=ナジールの包囲網を光速で切り裂き、リングへ突き進む。観客が息を呑む。誰も予想できない角度、予想できないタイミングでのショット。怒涛の連続オフェンス。

そしてNOVAのゾーンは、アル=ナジールのプレイヤーとの接触にも影響を与えた。灼熱する集中の中で、彼女のメンタルパラメータがレッドゾーンを超え、潜在的に仕込まれていた抗体コードが暴走的に稼働する。

汚染コードとは逆に、NOVAのアンチウィルスプログラムが相手へ流れ込んでいく。

「馬鹿な……書き換え(ハック)を、押し返しているのか!?」

アル=ナジールのリーダー、アミールが凍りつく。

そして遂にはNOVAの、物理演算を無視した超高度からのレーンアップ。ボールがリングを通った瞬間、アル=ナジールのプレイヤーたちは全員、糸が切れたようにコートに沈んだ。

――中国戦で見たのと同じだ。リアルのプレイヤーが、気を失ってしまったようだ。


「行動不能!アル=ナジール、棄権!」

審判の声が響いた。決着は、あっけなく着いた。

――日本、優勝。アリーナは爆発的な歓声に包まれる。

だがその勝利の瞬間、歓喜の渦の中で、NOVAも、燃え尽きたように意識を失った。

「遥!」

美月が駆けつけ、翔太(Hare Show)が必死に呼びかける。

優太が脈を確かめ、安堵の笑みを浮かべた。

「……大丈夫。気を失ってるだけだ」


観客席の最上段。Xはモニターに流れる、アル=ナジールのシステム崩壊ログを見つめていた。

「……見たか、彼女の心が、システムそのものを凌駕したぞ」

隣に立つイーグルの言葉に、Xは静かに頷き、遥たちの姿を瞳に焼き付けた。

「ああ。だが、これはまだ始まりだ。この『光』を狙って、さらに闇が動く……」

世界一の称号。しかし、その輝きは、次なる巨大な戦いの序幕を告げる狼煙に過ぎなかった。


病院のベッドで目を覚ました遥が見たのは、優勝トロフィーを抱えて号泣する翔太(Hare Show)と、そっぽを向きながらも涙を拭う美月、そして穏やかに微笑む優太の姿だった。



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