Node 6.1:イーグルの警告
ラスベガスの夜景を見下ろすV.B.L専用練習場。煌めく光の下、NOVAはひとりボールを突いていた。バーチャルの床に反響するドリブル音は、まるで心臓の鼓動のように速く、強く響く。
「……そのリズム、悪くない。まるで重力を無視した羽ばたきだな」
低い声が背後から響いた。振り返れば――イーグル・J。WVBLの頂点に君臨する男が、鋭い「鷲の眼」を細めてNOVAを見つめていた。
「お前のドライブ……その踏み込みの角度と、相手の虚を突く拍子のズレ。昔、一度だけ見たことがある。……ニューヨークのスラムの片隅、壊れたリングで無双していた東洋人の男だ」
「えっ……?」
「俺たちは敬意を込めて奴を『SAMURAI』と呼んでいた。今の俺があるのは、あの男の背中を追ってコートに立ったからだ。……NOVA、お前はどこであのステップを学んだ? あの『SAMURAI』はいま、どこで何をしている?」
遥の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
(SAMURAI……お父さんが、昔そう呼ばれていたらしい……)
OBの堂本から、聞いた若き日の父の英雄譚。リアルバスケットのコートで、誰よりも速く、誰よりも鋭く刃のように切り裂いていたという、伝説のプレイヤー。
遥は、いつかその話を父自身の口から、直接聞いてみたかった。
「……さあ、私はただ、負けたくなくて必死に動いているだけ」
遥はあえて視線を逸らし、自らの動揺を隠すようにボールを強く握りしめた。
「……そうか。なら、今はそれでいい」
イーグルはそれ以上の追及を止め、その瞳を一層鋭く、険しく細めた。
「今日は見事だった。だが、明日の相手……アル=ナジールは、バスケを捨てた怪物だ」
NOVAは警戒するように汗を拭い、彼に向き直った。
「奴らのアバターには『リアルタイム・ニューラルハック』が実装されている。接触のたびに脳波同期経路を介して、お前たちのメンタルパラメータを書き換える。……わかるか? 思考のレイテンシを強制的に増大させ、意識を凍結させるんだ」
「ニューラルハック……?」
遥は眉をひそめた。聞き慣れない単語の羅列に、彼女の頭の上には巨大な「?」が浮かんでいるのが見えるようだ。
「……えっと、つまり……。すごく怖いゴーストみたいなバグ?」
遥の天然全開の返しに、イーグルは絶句した。
「……いや、ゴーストではなく、論理的なマルウェアだ。自己増殖して脳内リソースを……」
「お化けにパソコンを壊される感じ?」
「……違う。」
何度か噛み砕こうと試みるイーグルだったが、遥は首をかしげたまま。
「うーん……“メンタルOSがクラッシュ”とか言われても、ピンとこないっていうか……」
さすがのイーグルも痺れを切らした。
「もういい! ……いいか、要するにだ。あいつらにベタベタ触られるな! 触られた瞬間に頭がピヨると思え。だから、一歩も触れさせずに戦え!」
「……それ、最初からそう言ってよ! 分かりやすいじゃん!」
遥のツッコミに、イーグルは柄にもなく苦笑いを浮かべた。
(この「論理の通じない少女」こそが、アル=ナジールの「完璧な統制」を破壊する唯一の毒になるかもしれないな……)
「……まったく。説明ってのは、バスケより難しいな」
そうぼやきながら、イーグルは闇の中に姿を消した。
◇ ◇ ◇
ホテルの一室。日本代表4人はテーブルを囲んでいた。
遥が緊張した面持ちで口を開く。
「その……イーグルが言うにはね、えっと……“脳波同期のフィードバック経路を利用して、メンタルパラメータが書き換えられる”らしいの」
「は?」
「どゆこと?」
「……俺たち、今プログラム会議してんのか?」
Hare Showが即座に両手を挙げて降参ポーズ。QUEENも「まるで呪文ね」と眉をひそめる。
唯一理解できそうなYUTAですら、顎に手を当て、「まあ……分からんでもないけど」と歯切れが悪い。
「ちょ、ちょっと!あたしだってよくわかんないよ!」
遥は真っ赤になって声を上げた。
「結論!触られた瞬間に頭がピヨるってこと!」
「おお、そういうことか!」
Hare Showが大げさに手を打つ。
「最初からそれでいいじゃない」
QUEENは呆れ顔。
ようやく全員が理解(?)したところで、改めて作戦会議が始まった。
「接触を避けるなんて、3×3じゃ無理ゲーだろ」
Hare Showが肩を落とす。
「でも、相手はこれまで以上の人間+AIのハイブリッド。完璧なシンクロ率で来る。普通にやったら、間違いなく押し潰される」
YUTAが冷静に言った。
「じゃあ……スピードで翻弄するしかない」
NOVAは強く言い切った。
QUEENは腕を組み、頷いた。
「そうね。私たちの強みは“スピード”と“自由さ”。奴らのプログラム通りには動かない」
「そこで、俺から一つ、NOVAに提案がある」
YUTAが、呟く……




