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Node5.3:消失する魂


【第三戦:対中国代表―崩壊の予兆】

そして迎えた第三戦、中国代表。それは、さらなる戦慄の序章だった。

これまでの理論派とは対極に位置する、圧倒的なフィジカルと天賦の才による個人技の暴力が日本を襲う。戦車のような肉体を誇る中国のパワーフォワードが、巨躯でNOVAを弾き飛ばし、歪な笑みを浮かべて言い放った。


「嗤!姑息小細工我等一切不通用!(※似非中国語)」 (ハッ、小癪な小細工など我らには一切通用せん!)


その言葉通り、彼らのプレイは力による蹂躙だった。

NOVAのドライブを強引なボディチェックで粉砕し、QUEENの技巧を上空からの圧倒的なブロックで叩き落とす。力に押され、大差をつけられる日本。観客席からも「日本、ここまでか」とざわめきが広がる。

だが、悲劇は突如として訪れた。

中国のエースがシュートモーションの途中でピタリと硬直した。次の瞬間、彼のアバターから「意志の光」が消える。バグではない。倒れるのではなくただ、魂の抜けた操り人形のように、虚空を見つめたまま立ち尽くしているのだ。


「……え?」

NOVAがボールを奪うのを忘れ、中国のガードプレイヤーに歩み寄る。次の瞬間、中国プレイヤーのアバターは糸が切れた操り人形のようにコートへ崩れ落ちた。同時に、アリーナのスピーカーから悲鳴に近いアナウンスが響く。

「プレイヤーのバイタル異常を検知!試合中断!医療班、選手へ急行してください!」

運営側のからのアナウンスは「サーバーエラーによる不戦勝」

アナウンスにも、NOVAたちは誰一人、歓声を上げられなかった。会場が騒然とする中、YUTAは息を呑む。――かつて、自分が不正ツールで心を壊しかけたときの、あの感覚。強制的に意識を引っ張られ、身体が言うことをきかなくなった、あの瞬間と酷似していた。

「いまの……人の思考からの動きじゃなかった。強制的にアバターを操作されて、リアルの意識が持っていかれた……そんな感じだった」

YUTAは唇を噛む。

「チートの代償?あれって、日本だけの事じゃなかったの?」

QUEENの声が震えている。YUTAの言葉に、NOVAは拳を強く握りしめた。


ロシア、ドイツの「完璧すぎる同期」。そして中国で見せた「意識の消失」。

勝利を重ねるごとに、自分たちが得体の知れない底なし沼へと足を踏み入れていることを、NOVAは確信していた。

「……勝ち進めば、わかる。」

その瞳には、恐れよりも、真実を掴もうとする決意の炎が宿っていた。そしてもう一つの意思。

アリーナの影から、無機質なレンズで試合を記録し続ける「ウォッチャー」の視線が、NOVAたちを不気味に捉え続けている。


◇ ◇ ◇


アリーナの照明が劇的に落とされ、漆黒の空間に重低音のビートが刻まれる。

観客席を埋め尽くした数万人の興奮が沸点に達したその時、スポットライトが一点に集まり、この大会の「真の主役」がコールされた。


「全米代表――チーム・U.S.A!」

先頭を切るのは、コートの王、イーグル・J。その背後に、黄金の髪をなびかせる神速の狙撃手シルキー、巨躯でゴール下の重力を支配するアンドレ、そして――鈍いメタリックの質感を放つ異質なアバター、ウォッチャーが音もなく続く。

観客席は割れるような歓声に包まれた。アメリカは常に主役であり、スターであり続ける。地鳴りのような歓声がアリーナを揺らす。それは「自由」と「勝利」を象徴するスター軍団への、純粋な賛辞だった。

対するゲートから現れたのは、アル=ナジール代表。彼らは一滴の感情も漏らさず、漆黒と金の幾何学模様が施されたユニフォームに身を包み、機械的なまでに統制された歩調でコートに並ぶ。その瞳は深淵のように暗く、不気味な光を湛えていた。

そして――異変は観客席から始まった。アメリカへの声援に混じり、ある一角から一糸乱れぬリズムで「アル=ナジール」の*チャントが沸き起こる。

それは熱狂ではなく、―「同期」―のようだった。数千人の観客が、まるで一つの神経系に繋がれたかのように、同じ瞬間に声を上げ、同じ瞬間に沈黙する。

「……なんだ、この寒気は」

観覧席の最上段、VIPルームでモニターを見つめるXが、忌々しげに眉を寄せた。


ゲーム開始のブザーが鳴り響く。

序盤、コートを支配したのはアメリカの圧倒的「個」の力だった。イーグル・Jは空中で三人のディフェンスを抜き去る「スカイ・ウォーキング」から豪快なダンクを叩き込み、シルキーは 0.1 秒の隙も与えず、長距離で矢のようなスリーポイントを沈める。

「これが、世界一のバスケだ!」

実況が絶叫し、アンドレが咆哮とともにリバウンドを捥ぎ取る。しかし、異変は静かに、だが確実に浸透していった。

イーグルがアル=ナジールのプレイヤーと肩をぶつけ合った、その直後だった。

「……?」

次のプレイでも同じ。肩をぶつけ合うたびに、アメリカチームのアバターのレスポンスがわずかに鈍くなる。

「おかしい……」

イーグルの脳裏に、ぞわりと寒気が走った。やがてシルキーにも異変が現れる。いつもの速射が、ほんのコンマ数秒遅れる。観客席はそれでも歓声を上げるが――タイミングは依然として不自然に揃っていた。

「データが……流し込まれてる?」

接触のたび、アル=ナジールのプレイヤーから「見えない信号」がアバターの神経インターフェースへと流れ込む。それはウィルスのようにイーグルのニューラル・リンクを汚染し、リアルの肉体にまで―「脳が騙される感覚」―をフィードバックさせる。

「接触を避けろ! 連中に触れるな!」

イーグルの叫びも虚しく、シルキーのシュートモーションには微かな震えが混じり、アンドレは激しい頭痛に顔を歪めた。

しかし、絶望的な侵食がチームを飲み込もうとしたその時、沈黙を貫いていた「観測者ウォッチャー」が動いた。

彼はこれまでの試合で密かに記録・蓄積し続けていた膨大な「観測データ」を、今この瞬間に一斉展開(*フル・デプロイ)したのだ。


大会開幕前、イーグルは最悪の事態を想定し、ウォッチャーに密かな特命を与えていた。

全チームの試合ログを監視し、わずかでも不審な信号や挙動があれば即座に解析、それらを無力化するための防御プロトコルを構築せよ――と。


ウォッチャーが構築した防壁が、アメリカチームの制御系に強制介入する。それはアル=ナジールが放つ不気味な「統制信号」を激しい干渉波で掻き乱す、独自の―「カウンター・ノイズ」―だった。侵食されかけていたイーグルたちの意識が、急速に明晰さを取り戻していく。

「……フン、『監視者』を付けておいて正解だったな」

荒い息をつきながら、イーグルが不敵に呟いた。

ウォッチャーが作り出した一瞬の「ノイズの隙間」を突き、イーグルが魂の*フェイダウェイを沈める。しかし、それは一時的なカウンター・ノイズであり、すでに流れ込んだ信号を完全に駆逐するものではなかった。


――ゲーム終了。スコアは僅差でアメリカの勝利。

しかし、勝者側に歓喜はなかった。―「カウンター・ノイズ」―のおかげで、最悪の事態は避けられたものの、「見えない信号」の影響は事他大きかった。シルキーは床に膝をつき、アンドレは意識が混濁したように壁に手をついている。勝利はしたが、彼らの神経系は「汚染」のダメージが広がっていた。

観客席の上層部、特別席。そこに座るXは、戦況を一部始終モニターで追っていた。

「……やはりか」

接触のたびに仕込まれる―「干渉」―。観客の不自然な同調。これは単なる勝敗のゲームではない。VIPルームで、Xは確信した。

「群衆操作システム……やはり巨大な組織ぐるみでなければできない実験だ。」

(このことを、WVBL本部は、把握しているのか?)

Xの目が鋭く光る。世界の舞台――その裏で、確実に「誰か」が意思を操作している。彼の胸中に、冷たい警鐘が鳴り響いていた。


◇ ◇ ◇


――オフデイ:ラスベガスの光に潜む影。大会は中盤を越え、今日は選手たちの精神を休めるためのオフデイ。まだ「見えない流れ込む信号」の影を知る由もない遥と美月は、ラスベガスの目抜き通りを歩いていた。

「はぁ……。砂漠の中にこんな未来都市があるなんて、未だに信じられないな」

遥は、50メートルを超える噴水ショーを子供のように見上げている。

「そういう感想、本当に田舎者っぽいわよ、遥。もっとシャキッとしなさい」

美月は完璧なモデルスマイルを振りまきつつ、歩きにくい石畳を颯爽と進んでいく。

二人はショッピングモールで、スカーフを試着したり、高級な香水に噎せたりと、普通の女の子としての時間を満喫していた。

「……美月さん。私、V.B.Lがなかったら、一生この街に来ることもなかったし、美月さんと友達になることもなかったんだよね」

「そうね。私は……ずっと、周囲が求める―『完璧な私』を演じるのに必死だった。でも、V.B.Lでは強さを演じるんじゃなくて、自分の芯を試せる。そこが判ったわ」

「……わかる。私も、V.B.Lがなかったら、自分が“何者にもなれない……って思ったまま終わってたかも」

しんみりした空気になりかけたところで、美月は急ににやりと笑った。

「で?遥はショッピングに来てるのに、なんでそんな庶民的なTシャツばっか見てるの?」

「いいじゃん!汗かいても気にならないし!」

「はぁ……せっかく異国に来てるのに、センスが高校の部活合宿止まりね」

「なっ!?」

路地裏にまで笑い声が響いた。


夜。二人がWVBL本部近くのテラスレストランで食事をしていると、遥の身体が凍りついた。本部のガラス張りのエントランスへ、イーグル・Jが複数の男たちと入っていくのが見えたのだ。そして、その隣に並んで歩くスーツ姿の男

――知っている。幼いころから最も身近にあった、あの顔。

「……どうして、イーグルが、WVBL本部に?隣にいる人って、もしかして“X”のリアル?」

美月は不思議そうに眉をひそめた。遥はフォークを止め、答えを飲み込んだ。

美月には言えない。でも――確信した。Xはやはり、自分の父だ。そして同時に、何とも言えない不安が頭をかすめた。

だが美月はさらりとグラスを掲げた。

「今日は考えるのやめましょう。せっかくのオフデイ、暗い顔していたらお酒がまずくなるわ」

「未成年だし!」

「じゃあオレンジジュースで乾杯」

「……もう」

遥は苦笑し、グラスを掲げた。


一方その頃、優太はホテルの部屋にこもり、タブレットにかじりついていた。アメリカ対アル=ナジール戦のアーカイブを巻き戻し、再生速度を落として研究している。

「……やっぱり、おかしい」

アル=ナジールとの接触で、アメリカチームの動きが加速的に鈍っていく様子を何度も確認する。

「ただの疲れ……じゃない。何か、意識を書き換えるような干渉があった」

静かな声が部屋に響いた。優太の目は、冷静さの奥でぎらついていた。


また一方、翔太(Hare Show)はホテルの巨大ビュッフェで、これでもかと山盛りにされたステーキとカニの足を前に、満面の笑みを浮かべていた。

「最高だぜラスベガス! 喰って泳いで、俺のメンタルは今、マックスの120%だ!」

彼は彼なりに、重苦しい空気を振り払おうとしていた。

カジノに特攻して警備員につまみ出されるという失態を演じつつも、その胸の内には、「遥があんなに頑張って戦っているんだ。俺が笑わせなくてどうする」という、妙な無骨な友情が詰まっていた。


――それぞれの夜。遥は窓の外に広がる夜景を見つめ、拳を握った。美月はベッドに横たわりながらも、明日の攻撃パターンを頭の中でシュミレーションを行い、優太は画面に視線を注ぎ、次のゲームに備えてデータを頭に叩き込む。翔太は満腹でベッドに飛び込み、豪快ないびきをかきながらも夢の中でフェイクを決めていた。

明日、運命の準決勝――アメリカとの因縁の対決が、幕を開ける。



Node5.4:因縁の戦い


アリーナを包む空気は、もはや熱狂を通り越して「殺気」に近いものへと変貌していた。

「ラウンドロビン/ラスト2!日本代表『チーム・TRINITY』対――全米代表『チーム・U.S.A』!」

無数のレーザーライトが交錯する中、コートに君臨したのは最強の四人。イーグル・Jの瞳には、一切の油断も、そして容赦もな感じられなかった。


――王者の蹂躙、そして「違和感」

試合開始直後、日本は「世界の壁」の正体を思い知らされることになった。シルキーがボールを保持すれば、物理法則を無視した弾道でスリーポイントがネットを焼き、アンドレがリバウンドに跳べば、その巨躯が放つ威圧感だけで日本の制空権は消滅した。

さらにウォッチャーの解析眼が、NOVAのステップもQUEENのコースも、数学的な正解でことごとく「詰ませて」いく。

「まったくぅ……!全然、指先すら掠らせてくれないじゃない!」

QUEENが屈辱に唇を噛む。

Hare Showがフェイクで揺さぶろうとしても、イーグルが冷静にカバーに入り、隙は見えない。だが――。


スコアボードを見て、NOVAは首をかしげた。

圧倒的にやられている感覚なのに、点差はわずか3点。

スコアボードを睨んでいたYUTAは、別の真実に辿り着いていた。

「……おかしい。理屈が合わない」

YUTAはベンチで、昨日のアメリカ対アル=ナジール戦のログを脳内で再生していた。

「そうか……」

「みんな、聞いてくれ。アメリカは完璧に見える……でも、イーグル以外の動きが不自然だ。昨日の『汚染』の後遺症が残ってる」。

ウォッチャーも、シルキーも、アンドレも――派手なパフォーマンスを見せているが、反応が遅れてる」

「えっ……?だってあのシルキー、さっきからシュート落としてないわよ?」

QUEENが疑わしげに問う。

「*アキュラシーは維持してる。でも、判断が0.1秒ずつ遅れてるんだ。ウォッチャーの解析も、アンドレの反応も、昨日アル=ナジールに植え付けられた『ノイズ』を振り払えていない。実際にゴールまでもっていっているのは、ほとんどイーグルだけだ。」

「イーグル一人で持たせてるってことか!」

「なら、そこを突くしかないわね」

NOVAの瞳に、不屈の火が灯った。


――限界突破の「スチール」

日本はアウトサイドの火力を全面に押し出し、壮絶な点取り合戦シュートアウトに持ち込んだ。QUEENのクロスオーバーが火を噴き、Hare Showが「お面」を揺らしながら放つデタラメなフェイクが、計算に頼るシルキーを混乱させる。YUTAの指揮の下、日本は「一対一」ではなく「三対一」でイーグルを孤立させる戦術に切り替えた。

NOVAのライトニング・クロス、QUEENのドリブルブレイク、Hare Showのノールックパス、YUTAの冷静なゲームメイク。四人のリズムが重なり合い、アメリカを押し込んでいく。

しかし点差は縮まっていくが、要所、要所で立ちはだかるのは、やはりイーグルだった。司令塔ウォッチャーの指先から放たれたのは、システムが算出した最短ルートをなぞるような、精密機械のごときロブパス。それが宙を舞った瞬間、イーグルは重力という概念を置き去りにし爆発的な跳躍を見せる。空中でパスを迎え撃ち、上空の領土を制圧、そのままリングを粉砕せんばかりの勢いで叩き込む、圧倒的なアリウープ・ダンク。

着地した彼の瞳には、一点の揺らぎもない。その読みの鋭さ、爆発的な跳躍力、そして冷徹な決断力。まさに「万能」という言葉がふさわしい。


「強い……!」

NOVAの胸を焦燥がかすめる。

なんとか点差は追いつき、運命のラストプレイ。イーグルが勝負を決めるべく自ら切り込む。その鋭い眼光が一瞬、苦痛に歪んだ仲間のアンドレへと泳いだ。

(今だ――!)

NOVAは考えるよりも速く、地を蹴った。イーグルが放ったパスの軌道上に、弾丸のごとき速さで手を伸ばす。

「取ったァァァッ!」

指先に走る、火花のような衝撃。スチール成功。そのままクリアからオフェンスに移行、独走するNOVAの背後から、イーグルの影が覆いかぶさる。

空中で接触し、バランスを崩されながらも、NOVAは身体を反転させた。イーグルの長い腕を紙一重でかわし、空中で静止したかのような滞空時間から、バックボードへボールを託す。吸い込まれるようなスウィッシュ音。

「逆転だぁぁぁぁ!」


そしてゲーム終了のブザー。スコアは日本の勝利を告げていた。

アリーナは地鳴りのような歓声に包まれる。NOVAは息を切らしながらも、拳を高く掲げた。

(勝った……!アメリカに!)

対するイーグルは、しばし無言で立ち尽くした。激しく揺れるリングを見上げ、そして自分を抜き去った小さな背中を凝視する。

彼の脳裏にあの時の日本人の残像が鮮明に浮かび上がっていた。

かつてコートを一振りの名刀のような鋭さで世界を震撼させたプレイヤー――『SAMURAI』。

目の前の少女が今見せた、理論を越えた執念と一瞬の閃き。それは単なるエラーやバグではない。予測不能な「個」の力を証明したあの男の気高き系譜が、極東の地で途絶えることなく、今でも脈打っている。その事実が、イーグルの冷徹な理性を震わせた。

「……日本には、まだあの『SAMURAI』の魂が、その牙が残っていたか」

イーグルの瞳に宿っていたのは、敗北の悔しさではなく、確かな驚きと深い敬意だった。

「お前の心……折れないその強さが、いつかこの完璧な闇さえも、本当に打ち破るのかもしれないな」

イーグルは小さく、自分に言い聞かせるように呟いた。その独白は、熱狂に包まれるスタジアムの喧騒に消え、NOVAの耳に届くことはなかった。だが、その言葉は一つの確信となり、管理された聖域に打ち込まれた新たなくさびとして、静かに未来への布石として刻まれた。




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