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Node4.4:世界への切符

挿絵(By みてみん)


ついに、運命の日が訪れた。WVBL3x3日本代表選考トーナメント。JVBL全サーバーが統合され、特設されたバーチャルアリーナには、数十万のアバターが詰めかけ、サーバーが悲鳴を上げるほどの熱気が渦巻いていた。その最前列、眩いスポットライトを浴びて、NOVA、QUEEN、そしてYUTAの三人は立っていた。

「……行くよ。二人の背中は、俺が守る」

「ふん、足だけは引っ張らないで頂戴。私の完璧なキャリアに泥を塗るなんて許さないわよ」

NOVAの静かな決意と、QUEENの強気な虚勢。その中心で、YUTAは冷静にコンソール画面を指で弾き、相手チームのデータを最終チェックしていた。


一回戦、二回戦と、チーム―TRINITY―は圧倒的な輝きを放った。QUEENの、重力を無視したかのような電光石火のドライブ。NOVAの、針の穴を通すような精密極まるロングシュート。

「そこ、道が見えたわ!」

QUEENが華麗なクロスオーバーで三人のディフェンスを抜き去れば、

「決める……!」

NOVAがその隙を見逃さず、空中で体勢を崩しながらも美しい放物線を描く。

トーナメント序盤は彼女たちの圧倒的な「個の力」だけで、並み居る強豪をなぎ倒していった。しかし、準決勝。相手は連携に特化したランクSチーム「八咫烏ヤタガラス」。

「動きが読まれている……!?」

QUEENの突破は完全に包囲され、NOVAのシュートコースには常に相手チームが影の様にまとわりつく。個人技が封じられ、じりじりと点差を詰められていく絶望的な展開。

その時、沈黙を守っていたYUTAの声が、インカムを通して鋭く響いた。

「NOVA、左45度でフェイク!QUEENはディープ・コーナーへデコイとして走れ。――三秒後、中央に一瞬の『穴』が開く。そこを俺が突く!」

指示と同時に、三人の動きがまるで一つの生命体のように連動した。

NOVAがディフェンスを外へ釣りだし、QUEENが囮となって相手をかく乱する。その中心、ぽっかりと空いた空間へ。

「今だ!」

YUTAが針の穴を通すようなキラーパスを供給。だれもいないはずだった空間にNOVAが飛び込み、そのままゴールネットを揺らした。

鮮やかな連携に、会場全体が地鳴りのような大歓声に包まれる。YUTAの「戦術眼」というミッシングリンクが、ついに最強の二人の力を完全に繋ぎ合わせたのだ。

だが、新たな問題も浮かび上がる。


「はぁっ……はぁっ……!」

激戦の連続で、NOVAの肩が荒く上下する。QUEENも額に汗をにじませ、わずかに足取りが鈍る。連戦の疲労がピークに達する。3×3の公式ルールでは、4人目の交代要員が存在する。だが、このチームは3人。決勝を前にして、QUEENが顔面蒼白で叫ぶ。

「ちょっと待って!私たち、控え選手サブがいないじゃない!」

致命的なエントリーミス。QUEENが額を押さえる。

「えっ、今さら!?」

NOVAが顔を覆い、思わず突っ込む。

「なんでトーナメントがここまで進むまで誰も気づかないのよ!私たち、バカなの!?天然なの!?」

「だ、だってQUEENが完璧に手続きしてくれてると思ってたから……!」

「人のせいにするんじゃないわよ!田舎娘!」

絶体絶命のピンチに、代表選考どころか失格の危機。その横で、YUTAが小さく咳払いをした。

「……いや、実は」

YUTAが小さく咳払いをして、口を開いた。

「俺、“4人目”を、登録してあるんだけど……」

「な、なにぃっ!?」

NOVAとQUEENが同時に叫んだ。


YUTAは端末を操作する。その瞬間――。観客席から一際派手なエフェクトと共に、一人のアバターがダイブしてきた。それは、ウサギのお面をつけ、耳をコミカルに揺らす、どこか抜けた雰囲気のアバターだった。

「いやぁ~!呼ばれて飛び出て、―『Hare Showヘア・ショー』―参上っ!ぴょんぴょん!」

「ハロー、みんな! 待たせたね! 現場の空気が重すぎて、僕の計算機がオーバーヒートしちゃったよ!」

「……なにこのノリ」

「……ウサギ?」

困惑する二人を余所に、Hare Show――翔太は観客に向かって愛想を振りまく。

「任せてよ、二人とも!リアルのベンチ温め歴なら誰にも負けないからね!声出しとテンションだけは世界大会レベルだよ!」

その突き抜けた明るさに、会場からは爆笑と拍手が沸き起こる。不安を抱えつつも、NOVAとQUEENは笑いながらも、「……まあ、なんとかなるかも」と思わず口元を緩めた。


新たな仲間の加入で、チームは息を吹き返した。彼はコート上を、バスケというよりはタップダンスでも踊るかのような奇妙なステップで移動する。 相手選手が呆気に取られている間に、股下をドリブルで通したかと思えば、ボールを背中に隠して(?)消し去り、次の瞬間には逆サイドのゴール下にパスを送っている。

「……かなりでたらめな動きね、あのウサギ」

クイーンが愚痴こぼす横で、Hare Showは「はいはい、女王様、愚痴をこぼしてばかりじゃ、せっかくの美人が台無しだ!こっちのルートが一番『映える』よ!」と、相手のディフェンスを嘲笑うかのような完璧な「最適解」を、おどけた態度で提供し続ける。

迎えた決勝戦。相手はフィジカル最強を誇る重戦車チーム。

一進一退の攻防が続き、残り一分でNOVAのスタミナが限界に達した。

「交代だ、Hare Show!行け!」

YUTAの合図で、ウサギ耳をなびかせたHare Showがコートへ躍り出る。

「よっしゃ、見せ場だぴょん!」

一見ふざけているが、彼の動きは正確だった。リアルのベンチで磨いた「戦況把握力」を活かし、相手のわずかな目線の動きからパスコースを遮断。さらに、相手の巨漢センターにわざと接触してファウルを誘うなど、泥臭く、しかし知能的なプレイで時間を稼ぎ、NOVAを休ませることに成功した。

即座にタイムアウトの合図。Hare Showと交代で、NOVAがコートに戻った。

攻撃に転じると、YUTAはトップでボールを保持しながら、冷静に味方の位置を見渡す。

「QUEEN、左ウィングへ! NOVA、バックドアを狙え!」

指示は的確だった。相手ディフェンスにわずかなズレを生み出し、瞬間的に数的優位を作り出す。鋭いパスが、弾丸のような速さでQUEENへと渡った。

彼女は華麗なクロスオーバーで相手を揺さぶる。右へ左へとリズムを刻むハンドリング――それはモデルとしてランウェイを歩く時のような、優雅でいて計算し尽くされたムーブだった。

そこから一挙に抜き去ると同時に、彼女は**『ギャロップステップ』**を繰り出した。

ドリブルを止める瞬間に力強く踏み切り、捕食する獣のように両足で大きくジャンプしてディフェンスの包囲網を飛び越える。一気にリング下へと踏み込んだその刹那、背後から相手のビッグマンが巨大な壁となってブロックに跳び上がった。

――そこへ走り込んだのは、交代で戻ってきたNOVA。

「まだここからよ!」

QUEENのレイアップを囮にし、ボールを受け取ると即座にユーロステップ。ディフェンダーのタイミングを外し、リングへと切り込む。

空中で体勢を崩されかけるが、諦めない。バランスを取り直し、片手で強引にボールを放った。ボールはバックボードに当たり、ゆっくりとネットを揺らす。

「決まった……!」

ブザーと同時、歓声が爆発した。

YUTAは胸に拳を当て、QUEENはクールに小さくガッツポーズ。Hare Showはウサギ耳をぶんぶん振りながら観客に向かって飛び跳ねる。そしてNOVAは、両手を高く掲げ、天を仰いだ。


――彼らは勝利した。3×3日本代表として、世界への切符をつかんだのだ。

歓喜の輪の中で、NOVAはほんの一瞬だけ目を閉じた。リアルのコートで、身長の壁に阻まれ続けた日々。ひとりバーチャルの世界に飛び込み、初めて名前を呼ばれた瞬間の震え。ユウタとの出会いと別れ、そして再会。QUEENとぶつかり合いながらも背中を預け合えるようになった時間。すべて受け入れて、その先に見えた景色は、仲間とともに立つコートだった。

観客の歓声が再び押し寄せる。NOVAは両手を高く掲げ、仲間たちのもとへ駆け寄った。


その頃、JVBL運営本部。モニター越しにNOVAたちの活躍を観戦し、思わず口元を綻ばせる人物がいた。――Player_X。

「……やるじゃないか」

しかし、別のモニターでは無数のログが流れ続けている。

「……やはり、単なるチートの再発じゃない」

Xが注視していたのは、世界各地の予選で多発している―「意識喪失事件」のログだった。倒れたプレイヤーたちの神経ログからは、脳の特定部位に直接干渉し、強制的に意識を遮断する――あるいは、「書き換える」―かのような異常な電気信号が検出されていた。

「YUTAが巻き込まれた一件は、この巨大なシステムの『拒絶反応』をテストするための前哨戦に過ぎなかったというわけか」

こんなことは、莫大な資金が無ければできない。背後にあるのは国家規模の組織?バーチャル世界を通じて人間の自由意志をハックしようとする恐るべき陰謀。

Xは、YUTAにだけ届く緊急秘匿通信ダイレクト・メッセージを送信した。

『YUTA、世界大会は警戒しろ。お前たちが挑もうとしているのは、単なるスポーツの頂点ではない。』


バーチャルアリーナの喧騒を離れ、リアルの夜が更けていく。都心から少し離れた、静まり返ったストリートコート。街灯が一つ、チカチカと瞬く下で、一ノ瀬大樹と木村優太は再び顔を合わせていた。

「代表決定、おめでとう。……まずはそう言うべきだろうな、優太君」

大樹の声は、捜査官としての冷徹な響きを帯びている。

「ありがとうございます……。でも、一ノ瀬さんの顔を見ると、素直に喜んじゃいけない気もしますが」

優太は、まだ試合の興奮が冷めやらない手を見つめながら答えた。

大樹は小さく頷き、タブレット端末を優太に向けた。そこに映し出されていたのは、ニュースにはなっていない、WVBL海外予選の極秘ログだった。


――意識喪失事件

「現在、ロシア、ドイツ、そして中国。世界各地の予選会場で、プレイ中に意識を失い、そのまま昏睡状態に陥るプレイヤーが発生している」

「昏睡……?サーバー負荷による脳へのダメージ、とかですか?」

「いや。神経信号を解析した結果、外部から―『特定のパルス』―を脳の海馬と前頭葉に直接送り込み、意識をハック……あるいは一時的に『消去』している痕跡が見つかった」

優太の背中に、氷のような戦慄が走った。

「それって……僕が以前使わされた、あのツールの挙動に似てませんか?あの時も、意識が自分のものじゃないみたいに勝手に身体が動いて……」

「察しがいいな。その通りだ」

大樹は厳しい表情で言葉を継いだ。

「君の事件は、その『洗脳信号』をスポーツの動作レベルでテストするための試作段階だった。だが、今回の―『特定のパルス』―は、さらに高出力で、不可逆的なダメージを与える実戦用だ。黒幕は、世界大会という巨大なネットワークを利用して、数百万人の脳を同時に支配する『実験』を目論んでいる」

自分の犯した過ちは、実はもっと巨大で邪悪な計画の「苗床」だった。その事実に、優太の不安は膨れ上がり、吐き気すら覚える。

「NOVAはどうなるんですか?世界大会に出れば、真っ先に狙われるんじゃ……?」

「優太君、君のアバターには既に組み込んであるが……先日のメンテナンス時、私はNOVAたち他の三人のアバターの深層データにも、ある――『特殊なパッチ』――を密かに仕込んでおいた」

「パッチ……? 他の三人にも、ですか」

「……ああ。だが、これは諸刃の剣だ。発動すればアバターの挙動に無視できない負荷がかかる。完璧な防御とは言い難い、気休め程度の代物かもしれない」

大樹は優太の肩に、祈りにも似た重く力強い手を置き、もう一方の手で小さなデバイスを差し出した。

「これは『”HARMONIA”』の監視網を潜り抜ける、バックドア経由の通信チップだ。前に渡した特権IDパッチと併用してくれ。世界大会の幕が上がれば、奴らは必ずNOVAの脳波をハックしにくる。その時……君にしかできないことがある」

大樹の瞳に、エンジニアとしての冷徹さと、父親としての苦悩が混ざり合う。

「これから先、ゲーム内での『接触』には細心の注意を払え。対戦相手のプレイから、物理的な衝撃ではなく、神経を逆なでするような『電気的な違和感』を感じたら……迷わずNOVAを逃がすんだ。……かつて闇の淵まで堕ち、その正体を知っている君だけが、彼女たちを守る防波堤になれる」

「……わかりました」

優太は深く、肺の底まで冷たい夜気を吸い込み、拳を固く握りしめた。かつての「裏切り(チート)」への消えない贖罪。そして、何よりも自分を救ってくれた大切な仲間を守るという誓い。

自分たちがその手で掴み取ったはずの世界への切符。それが、実は出口のない深淵へと続く片道切符かもしれない。その事実の重みを、優太は自らの魂に深く、刻み込んだ。


世界大会――そこは、もはや単なるバスケの祭典ではない。人類の「意識」を奪い合う、最も過酷な戦場になろうとしていた。

「国家規模の資金、そしてその目的はなんだ?」

Xは拳を握りしめた。彼女らの世界を守らねば――Xの特務捜査は、一層深くダイブする。





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