Node5.1:ラスベガスの欲望
本来、バーチャル空間であるV.B.Lに「リアルの場所」の制約はない。しかし、今回ばかりは事情が異なった。アバターの反応速度が1/1000秒の遅延すら許さない極限の領域に達するため、そして何より、運営側が「物理的な不正」を完全に監視・排除するため――全プレイヤーはドバイのメインサーバー直結の専用ハブを経由し、WVBL本部があるこのV.B.L聖地ラスベガスにリアルで集結させられた。
メイン会場となるのは、WVBLが独占契約を結んだ超巨大カジノホテル「ホテル ザ・ラスベガス」。参加選手には一人一室、最新鋭のフルダイブ・リグを備えた豪華なスイートルームが用意され、「究極の競技環境」が提供されている。
本プレイ会場には、大会専用のVR筐体を設置し、そこでゲームを行われる。大型ビジョンには、ゲームの模様などが映し出され、リアルでも観覧ができ、ゲームの模様も、そこから全世界へと配信される。――だが、その実態は、高精細な「観察室」に他ならない。
会場の巨大モニターには、全世界へ配信されるゲーム映像が踊り、同時に導入された「スポーツベッティング」も群衆の欲望を煽る。「アメリカ代表:1.3倍」「中国代表:24.5倍」――そして、無名の挑戦者、日本代表(NOVAたち)に刻まれた数値は、驚愕の**「105.8倍」**。
SNSでは冷笑に溢れていた。『日本はただの観光客だ』『奇跡を願うなら、バスケではなくルーレットへ行け』。そんな罵倒が並ぶ中、遥たちは最新の筐体に身を沈める。
その神経が、巨大な意志決定アルゴリズムへと「直接接続」されていることに、今はまだも気づくはずもなく……。
◇ ◇ ◇
長時間のフライトを終えた遥は、ホテルのロビーに足を踏み入れた瞬間、その圧倒的なスケールに息を呑んだ。シャンデリアの輝きが、磨き抜かれた大理石に反射して眩しい。その光の渦の中心に、すでに到着していた美月(QUEEN)がいた。
シックな黒のノースリーブワンピースを纏った彼女は、ただそこに立っているだけで周囲の視線を磁石のように吸い寄せている。
(……いや、待って。私、完全に『迷子の一般人』じゃん……)
世界的なトップモデルと、地方の平凡な高校生。リアルでの対比があまりに酷すぎた。
「ねえ、美月さん。私が隣に並ぶと、マネージャーっていうか……撮影クルーのアシスタントに見えない?」
遥が自嘲気味に呟くと、美月はふっと優雅な笑みを浮かべた。
「ふふ、そんなことないわよ。でも……そうね。ちょっと―『華奢な付き添い』―っていう雰囲気は出ているかしら。でも可愛いわよ、遥」
その言葉には棘がなく、むしろ戦友に対する深い親愛がこもっていた。
そして、その光景を、ロビーの柱の陰から盗み見るようにして固まっている青年がいた。優太(YUTA)だ。
(早乙女美月……。あんな本物のオーラを放つ人が、あの苛烈なQUEENだったのか……?)
驚愕のあまり心臓がうるさく鳴る。それと同時に、自分のような「闇に触れた陰キャ」が彼女たちの隣に立つことの重圧に、吐き気すら覚えた。
美月がその視線に気づき、優太へ歩み寄る。
「……あなたが、YUTA?」
「あ、はい……えっと、木村……です」
美月は目を細め、目の前の青年を観察した。
想像していた―“不正ツールで名を汚した不良プレイヤー”―とは真逆のイメージの青年。物静かで、目を伏せて立つ姿は、内向的で、虫も殺せなさそうなほどだった。
(これが……あのYUTA?あの緻密な戦術を練っているプレイヤー?)
そのギャップに、美月は思わず頬を引きつらせた。
そのとき、自動ドアが派手な音を立てて開いた。
「やぁ、やぁ、やぁ! お待たせ! Hare Show、ラスベガスに光臨だ~!」
ロビーに響き渡る奇声。現れたのは、高級ホテルのドレスコードなど無視した、―「奇妙なウサギのお面」―を被った人物――翔太だった。
翔太と優太は同じフライトで来ていたのだが、ホテル到着後、翔太が「お面をどうすればプレイ中も外れずに固定できるか」(※バーチャルでのお面は外れません。そもそもアバター……)で四苦八苦してしまい、遅れて現れたのだった。
「……リアルでも被り物なの?」
美月が氷のような声で呟く。
「ありえない……恥ずかしすぎる……」
遥も頭を抱えた。
一方で翔太の方はと言うと、派手に登場したのはいいが、心臓はお面の下で激しく大暴れしていた。
(え、ちょ、待って。遥?……NOVA!?本当に……?)
遥の隣に立つ美月を見て、トップモデルのオーラに圧倒され、さらに遥と美月の並び立つ姿。翔太は“ここでリアルでの同級生”遥が、とんでもない世界に立っていたことを初めて知る。
お面でそれを察することはできないが、驚きで顔が固まる。
翔太はお面を外して素顔を見せるタイミングを完全に見失い、結局、大会中は、それを外すことはなかった……
「まあまあ!細かいことは気にしないで!俺は声出しとフェイクで盛り上げるから!」
Hare Showはあえて明るく振る舞い、場の空気を一気にユーモラスに変えてみせた。
「……ウサギ……」
美月がぼそっと呟き、遥の方は、その奇妙なウサギを見つめながら、不思議な既視感を覚えていた。
(なんだろう……初対面のはずなのに……どこか、会ったことがあるこの感じ……?)
こうして、日本代表の四人が、リアルで初めて顔を合わせた。
やがて迎えた開会式。中国チームは最新のバイオフィードバック装置を装着した肉体派。ロシアは仮面のように無表情な軍団。そして、割れんばかりの大歓声で迎えられたのは、絶対王者アメリカ代表。
その先頭を歩くのは、イーグル・J。アバターと寸分違わぬ鋭い眼差しを持つ彼が、観客席に一瞥をくれるだけで空気が凍る。その背後に控えるのは、華奢な丸眼鏡の男性。ロボットアバター「ウォッチャー」の中の人だ。なぜか翔太がウサギ耳を揺らして激しく対抗心を燃やす。
だが、真の異様さはその後に続いた。中東の小国、「アル=ナジール共和国代表」。今回の国際大会から突如として現れたそのチームは、一糸乱れぬ歩調で入場してきた。
全員が同じ無機質な制服を纏い、呼吸すら同期しているかのような精密さ。彼らの瞳には、勝利への渇望も、敗北への恐怖も見受けられない。ただ、冷徹な「命令」を遂行する機械のような不気味さだけが、会場の熱気を急速に奪っていく。
ヴァーチャル・アリーナは各国の思惑が渦巻く戦場へと変わっていく。
「……気持ち悪いわね、あの一団」
美月が低く呟く。
「うん。……なんだか、生きている感じがしてない」
遥が同調する。
日本代表――
“NOVA-Johannès”“Little QUEEN_LEAP” “YUTA- Maccabaeus” “Hare Show”!
呼び声に応え、四人は堂々と入場した。冷ややかなオッズや、周囲の視線をはねのけるように、一ノ瀬遥はV.B.Lでの自信を胸に、遂に世界の舞台へと足を踏み入れた。
同じ頃、WVBL本部の最深部。厳重に遮断された監視ルーム「ハブ」にて。一人の男が、モニターに映る日本代表の姿を見つめていた。一ノ瀬大樹。――プレイヤーXだ。
「……やるじゃないか。みんな、いい面構えだ」
口元に微かな笑みを作る。しかし、視線を隣のコンソールへ移すと、その表情は一変した。
そこには、全プレイヤーの脳波データ(ニューラル・ログ)がリアルタイムで流れている。アル=ナジール代表のデータは、―「人間としては不可能なほど一定のリズム」―を刻んでいた。
それは、脳が外部の何らかの指令によって完全に同期されていることを示している。
「やはり、この大会そのものが……全プレイヤーの脳を繋ぐ―『ニューラル・ネットワーク』の巨大な実験場―か」
大樹は震える拳を握りしめ、暗闇の中で呟いた。




