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Node4.3:夜明けのタクティクス

挿絵(By みてみん)


WVBL3x3を目前に控え、NOVA、QUEEN、そして新生YUTAの三人は練習コートに立っていた。しかし、そこにあるのはかつての熱狂ではなく、重く冷え切った沈黙だった。

「……っ、あ!」

YUTAが放ったパスは、NPCの予測アルゴリズムに呆気なく読み取られ、インターセプトを許す。そのままカウンターを浴び、無慈悲な失点。

「まただ……すまない」

膝をつき、肩を落とすYUTA。アバターの動きにはキレがなく、まるで鉛を引きずっているかのようだ。それを見たQUEENが、溜め込んでいた焦燥を爆発させる。

「――いつまでそんな調子なのよ!その『メンタル・ゼロ』のデバフ、いつになったら解けるわけ!?」

「QUEEN、言い過ぎだよ!」

NOVAが割って入る。

「YUTAは、きっと戻れる!あのときの強さを、取り戻せる!」

だがQUEENは、強い口調で言い返した。

「強さ?それって……不正ツールに頼ってたあの頃の強さのこと?」

その瞬間、空気が凍りついた。

QUEEN自身も、口に出してしまったことにハッとした。それは、すでに決着がついてこと。今のYUTAは必死に前を向いて歩いている。

「……ごめん。私……そんなつもりじゃ……」

呟きは最後まで言葉にならず、QUEENはうつむいて拳を握りしめた。

NOVAもかけるべき言葉を見つけられず、YUTAは何も言わずに、ただ転がったボールを拾いに行った。その背中は、かつての「陽気なユウタ」とは別人のように小さく見えた。


リアルの夜の街。街灯がまばらな公園。優太は、網が千切れた古いバスケットリングに向かって、独りボールを突いていた。

V.B.Lでの動きをリアルの生身に叩き込もうとするが、その肉体は重く、フォームはバラバラに崩れる。シュートは無情にリングに弾かれ、冷たいコンクリートの上を転がった。

「……結局、俺には何も残ってないのか」

V.B.Lでの「パラメータ喪失」は、いつの間にか彼の「自尊心」そのものまで削り取っていた。


「――遅くまで熱心ですね。居残り練習ですか?」

不意に背後から声をかけられた。驚いて振り向くと、そこにはジャージ姿の少年が立っていた。それは遥と同じバスケ部の仲間、翔太だった。彼は遠征試合で上京し、偶然この公園を通りかかったのだという。

「……君は、バスケ部?」

「うん。補欠だけどね」

翔太は屈託のない笑みを浮かべ、優太の手からこぼれたボールを拾い上げた。

「こっちに練習試合で来たんだけど、時間が余ってね。せっかくだからストリートのバスケでも見てみようと思ったんだけど、全然やってる人いなくてさ」

「この辺はそうだよ。もっと繁華街に行かないと。でも最近は……みんなV.B.Lの方、やってるから」

優太は少し笑って肩をすくめた。

「V.B.Lかぁ……」

翔太は感心したように頷き、そのまま話を続ける。

「でも、君のシュート、フォームは少し硬いけど、狙ってる場所はすごくいい。なんていうか……『裏』をかこうとしてる感じがする」

それを聞いた優太は遠慮気味に笑った。

翔太はボールを弄びながら、夜空を見上げ話を続けた。

「俺は、才能なんて全然ないないんだ。体は小さいし、足も遅い。でも、ベンチから試合を見てるのは誰よりも得意なんだ。誰がどこに動きたがっているか、どこにパスを通せば相手が嫌がるか――それだけは、コートにいる誰よりも分かる。『視点』だけなら、誰にも負けない自信があるんだ」

優太の目が、わずかに見開かれた。

「視点……?」

「そう。能力スペックには限界があるけど、『戦術タクティクス』を練る頭脳には限界がない。チームがバラバラでも、俺がベンチから一言『あそこを空けろ』って指示するだけで、魔法みたいに流れが変わる瞬間がある。それが、俺にとってのバスケなんだ」

その言葉が、優太の脳内に雷鳴のように響いた――。

そうだ。パラメータ(数値)がゼロでも、自分の頭脳ロジックまで消されたわけじゃない。かつて自分が持っていたのは、不正なツールによる「偽りの力」だけではなかったはずだ。膨大な試合を観て、分析し、局面を読み解いてきた「戦術眼」。それはシステムに依存しない、プレイヤー本人の―「唯一無二の資産」―だ。

「でも、うちの学校の女子バスケに、すごい子がいてさ。俺よりちっちゃいのに、理屈関係なく、ガンガン攻めていくんだ。それはそれでうらやましくて、見てるとつい応援しちゃうんだよ」

(……V.B.Lにも、そんな子がいるけどな)

優太は胸の奥でとつぶやいた。

「今度、V.B.Lにログインしてみないか?……きっと、楽しいから……なぁ、君。名前は?」

「俺?翔太。……あ、実はV.B.Lなら―『Hare Showヘア・ショー』―って名前で登録してるんだ。誰にも言ってないけど……」

優太の口元に、久しぶりに確かな笑みが浮かんだ。

「……Hare Showヘア・ショー。……魅せる野ウサギかぁ。いい名前だね。今度、僕と一緒に練習してくれないか?君のその『視点』、俺にも教えてくれ。」

その夜から、優太の戦いは一変した。彼はV.B.Lへログインし、初心者であるHare Showを誘って、深夜まで「戦術特化」の自主練を重ねた。Hare Showはパラメータこそ低いが、リアルで培った―「俯瞰的な視野」と「統率力」―という、V.B.Lのプレイヤーたちが忘れかけていた武器を持っていた。

「YUTA、今!相手の右膝の向きが外を向いた!」

「了解!スクリーンをかけて……逆を取る!」

YUTAは徹底的に己を叩き直した。

徹底的な分析:イーグル・JやXの過去ログを1フレーム単位で解析し、彼らの「無意識の癖」を戦術パターンとしてデータ化する。

戦術の多様化:書店でプロコーチ向けの戦術書を買い込み、3x3特有のスペース活用術をV.B.L内のプライベート・ルームで何度もシミュレートした。

情報工作インテリジェンス:有名海外プレイヤーとも、果敢に練習試合を申し込み、情報収集に努めた。

すぐさま成果が出ることはない。ステータスバーに表示される数値は、相変わらず「Mental:0」のままだ。しかし、アバターの動きには迷いが消え、無駄のない洗練された軌道が宿り始めていた。


一方、QUEENは、チームの機能不全を前に焦燥を募らせていた。

(私がもっと頑張らなきゃ……。YUTAには頼れない)

自分ひとりで勝ち切ろうとする気負いで、練習に没頭する。

そしてある時、練習コートで、NOVAが、そのYUTAの微妙な変化に気づいた。以前のように「個の力」で勝負するのではない。周りを使い、相手を誘導し、最小の力で最大の混乱を生み出す――まるでチェス盤を支配するような、冷徹で緻密な動き。

「……YUTA……?」

NOVAの胸に、かつてないほど強固な期待が灯った。そして、QUEENもまたそれを予感し、自分一人で背負おうとしていた肩の力が少しずつ抜けていくのを感じていた。

光を操るNOVA、氷の技巧を持つQUEEN。そして、暗闇から全ての糸を引く軍師へと変貌しつつあるYUTA。三つの歪なピースが、一つの「究極の―TRINITY―」を描き出そうとしていた。



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