Node4.2:牙をむく翼と道化師の仮面
WVBL世界大会の発表に続き、JVBLロビーは新たな興奮に包まれていた。その理由は、JVBLが海外のトッププレイヤーを招き、―「3×3のデモンストレーションマッチ」―を開催するという発表だった。
「アメリカのランカーが来てるんだろ?」
「あの『イーグル・J』がJVBLでやるなんて……。配信の同時視聴者数、エグいことになるんじゃないか?」
ロビーの喧騒を余所に、NOVAは大型ホログラムに映し出される日本代表チームの名前を見上げ、息を呑んだ。デモンストレーションマッチのアリーナ会場で、アナウンスが響く。
【JVBL代表:ドリームチーム】
/急成長を遂げた期待の新星:NOVA
/正体不明のマスクマン:プレイヤーX
/kai:JVBLランキング1位。精密機械と称される最高のゲームIQ保持者:kai
(ちょっとぉ……私、聞いてないんですけどぉ……)
NOVAは、おどおどとコートに降りた。
そして、アメリカチームが登場するや否や、会場は熱狂に包まれた。その顔ぶれは、まさに多彩だった。
/全米1位。冷徹な双眸を持つ鷲のような男:イーグル・J
/超高精度の外郭シュートを放つ、挑発的な女性シューター:シルキー:
/重機のような肉体でゴール下を破壊するパワーフォワード:アンドレ
/全身が鈍い銀色のメタリックで覆われた、一切の感情を排したロボット型アバター:ウォッチャー
「Hey, Japan。お前たちのバスケは、まるで『ティーパーティー』だ。俺たちが本物の『狩り』を教えてやるよ」
アンドレの野太い声がアリーナに響き、コメント欄は瞬く間に荒れた。
――デモンストレーションマッチ:惨劇のGAME1開始
試合開始直後、NOVAが体感したのは「物理法則の暴力」だった。
アメリカチームのスタイルは、JVBLのクリーンなバスケとは根底から異なっていた。アンドレはNOVAを岩のような胸板で突き飛ばし、ほとんどファウルすれすれのコンタクトでコートに沈める。
「ぐっ……!」
倒れたNOVAを跨ぎ、アンドレは豪快なダンクを叩き込む。イーグル・Jは神速のスキルに加え、不必要なまでに肩をぶつけ、NOVAの精神的な均衡を削りにかかる。
そして、NOVAを戦慄させたのは、不気味に微笑む「シルキー」の存在だった。
彼女はまるで獲物を巣へと誘う蜘蛛のように、NOVAの進路に音もなく現れては、執拗に視線を絡ませる。抜けると思った瞬間に差し出される、しなやかで冷たい指先。それはボールを奪うためではなく、NOVAの動きを物理的に、そして心理的に「拘束」するための糸だった。彼女が耳元で囁く嘲笑のノイズが、NOVAの思考回路をじわじわと侵食していく。
さらに異様だったのは「ウォッチャー」だ。彼は一度もボールに触れず、無機質なレンズでただフィールドを傍観している。その不気味な沈黙が、日本チームに得体の知れない圧迫感を与えた。
日本の繊細な連携は、即席チームの連携不足と、荒々しいフィジカルコンタクトによって粉砕された。結果は惨敗。スコア以上の屈辱が、NOVAの心に重くのしかかった。
――リベンジのGAME2:女王の再臨
翌日のリベンジマッチ。だが、日本チームの士気は最悪だった。
「非論理的だ。あんな暴力的なプレイに戦略は通用しない。時間の無駄だ」
ランキング1位のkaiが、吐き捨てるように言い放つ。彼は試合途中、点差が開いた瞬間にシステムメニューを開き、そのままログアウト――前代未聞の敵前逃亡だった。
「嘘でしょ……」
絶望に染まるNOVA。だが、そのとき、コートの入り口から鋭い、しかしどこか懐かしい声が響いた。
「――随分とてこずっているみたいじゃない、NOVA」
観客席がどよめく。そこに立っていたのは、くたびれたオレンジパーカーを羽織った、小さな女王。Little QUEEN_LEAPだった。
「QUEEN……!来てくれたの?」
「勘違いしないで。あなたが無様に負けると私の評価まで下がるでしょ!泥臭いプレイこそ、私たちが求めた戦いじゃなかったの!?」
QUEENは迷いなくコートに飛び込み、NOVAの隣に並んだ。
「ははっ、マスコットが増えたところで何が変わる!」
嘲笑うアンドレ。しかし、再開された試合の流れは激変した。QUEENは優雅な身のこなしで大型選手の懐に潜り込み、アメリカのパワーを逆手に取ったリズムで翻弄する。
「ナイス、QUEEN!」
「これからよ、NOVA!合わせなさい!」
Xがゴール下を死守し、QUEENが隙を作り、NOVAが光の速さで切り裂く。最後はQUEENの華麗なステップバックからの、糸を引くようなパス。NOVAはそれを「勝利への確信」と共に受け取り、冷静に決勝のフローターを沈めた。
逆転勝利。アメリカチームは、悪態をつきながら去るが、イーグル・Jが立ち止まり、背中越しに冷たい声を投げた。
「勘違いするなよ。今回はお遊びだ。……その気になれば俺たちは、テクニックでも支配力でも、いつでもお前たちを『凌駕』できる。」
その言葉の真意を測りかねたまま、NOVAは勝利の余韻に震えていたが、同時に胸には、世界への挑戦という新たな火種が灯っていた。
後日、正式にWVBL3x3世界大会の日本代表メンバーが発表された。選ばれたのは、NOVA、QUEEN、X。
しかし、Xから突然の辞退申し入れが入る。
「古傷が痛み出してな。若者たちに席を譲るよ」
NOVAたちにはそう嘯いた。
しかし、その真意は運営本部の一室にあった。プレイヤーX。彼は、JVBL立ち上げメンバーの一人であり、運営の特務捜査官。一連の不正ツール事件の背後に、謎の組織の影を感じ取っていた彼は、代表チームの座を降りることで、より深く、暗い「潜入捜査」に身を投じる決断をしたのだ。
その頃――YUTAは、相変わらず孤独なトレーニングを続けていた。パラメータの補正でスキルも制限され、メンタルはゼロ。何度挑んでも、簡単に打ち砕かれる。
「……くそっ」
彼はコートに膝をつき、呼吸を整える。
そんなYUTAの前に、ひとりの影が現れた。
「……苦戦しているな。青年!」
冷静な声。振り返ると、そこには黒いパーカーに身を包んだプレイヤーXが立っていた。
「……プレイヤーX……?」
YUTAは驚きに声を詰まらせる。
「見ていたぞ。必死に足掻く姿をな」
Xは淡々とした口調で言った。
「だが、一人でできることには限界がある。人は、仲間と共に歩んでこそ強くなれるものだ。青年!」
仲間――。かつて、NOVAと共に戦ったときに感じた熱。だが今は、自分からその資格を失った。
「俺なんかが……もう一度、誰かと肩を並べることなんて……」
YUTAは俯いた。だがXは否定しなかった。ただ淡々と続ける。
「君が決めることだ。ただ、忘れるな。――仲間になるのに資格など必要ない。――一人では越えられない壁も、仲間となら越えられる。」
その言葉は、YUTAの胸に重く響いた。
「それはそうと、君に折り入って頼みがある。ここでは、ログが残る。直接会って話をしよう。」
Xは、意味深くYUTAに伝えた。
Xの出場辞退により、日本代表のメンバーは白紙に戻り、トーナメントによる代表決定戦を行うこととなった。
数日後。NOVAとQUEENは、練習コートでNPCを相手に3×3のシミュレーションを繰り返していた。だが、Xが抜けた穴は大きく、なかなか息が合わない。そこへプレイヤーXが現れる。
「調子はどうだ?」
「あなたも一緒に練習しなさいよ……!」
QUEENが、不満げに叫ぶ。だがXは首を横に振った。
「残念だが、私は、3×3には参加できない。理由は言えないが……立場上、あまり公式で戦うわけにはいかないんだ」
「……そんな……」
NOVAは落胆する。だがXは微笑み浮かべた。
「だが、心配はいらない。君たちには、他に仲間がいるだろ。」
Xが促す視線の先、練習コートの隅に、ひとり影が立っていた。
「……NOVA」
怯えたように名を呼ぶ声。
困惑するNOVAとQUEENの前に現れたのは、YUTAだった。
「ユ、ユウタ……!戻ってきたんだ……!」
NOVAの胸が熱くなる。
「いや……今は―“YUTA- Maccabaeus”(ユタ・マカベウス)―だ」
彼は視線を伏せながらも、はっきりと言った。
◇ ◇ ◇
時は、今から3日前にさかのぼる――
「お父さん、今日、東京に出張だって。朝ごはん作ったから、遥も食べちゃって。」
母が、日曜日だというのに、朝からせわしなく急き立てている。
「お父さん、急に言いうんだもん。まったく!」
(いつも休みは、家でゴロゴロ過ごしているお父さんが、珍しいことだ)
遥は、昨日も遅くまでV.B.Lのプラクティスルームで練習を重ねていた。眠気眼をこすりながらベッドから起き上がった。
東京のとある古びたバスケットコート。独りでボールを突く青年に、一人の男性が声をかけた。
「君が、ユウタ君か。私は、一ノ瀬大樹。――V.B.Lでは、Xと呼ばれている」
「あなたが、X……?」
「折り入って相談がある。」
大樹は、前置きなしに、すぐさま本題に入った。
「君も巻き込まれたチート事件……あれは終わっていない。氷山の一角だ」
大樹の瞳には、かつて見たことのない鋭い光が宿っていた。
「外部組織がプレイヤーの深層ログを吸い上げている。君がいなくなって以降、今特に対象となっているのは……NOVAだ。彼女が世界大会で目立てば、危険な目に遭う可能性がある」
優太は息を呑んだ。
「君にしかできないことがある。君は闇に触れた。ツールの構造、その不自然な挙動……それを一番近くで見分けられるのは、君だ。NOVAの傍で、彼女を影から守る『観測者』になってほしい」
大樹は一枚のチップを差し出した。
「これは、プレイ中に限りシステムのバックヤードの一部にアクセスし、コマンド操作が行える特権IDパッチだ。だが、これを使えば君のログも追跡されやすくなり、再びターゲットになりやすくもなる。それでもこの役割を受けてくれないか?」
しばらくの沈黙の後、優太は応えた。
「……やらせてください。今度は、絶対に間違えません!」
優太は震える手で、そのチップを握りしめた。贖罪のためではない。もう一度、彼女と同じ景色を見たい。その一心で。
◇ ◇ ◇
練習コート。QUEENは鋭く目を細めた。
「……本当に大丈夫なの?一度犯した過ちは、そう簡単に消えない。そしてその代償も大きい。」
「……わかってる。でも、信じたい。ユウタがいてくれたから、私はここまで来れたんだもん」
NOVAの声には揺るぎない強さがあった。YUTAはその言葉に顔を上げ、微かに笑った。その笑顔はまだ弱々しい。だが確かに、再び仲間の隣に立とうとする意思を宿していた。これによりようやくNOVAたちのチームが完成した。――チーム―TRINITY―




