同期
秋口、冷たい雨が降る日。
カナデは仕事部屋にいた。
パソコンのキーボードを叩く音が、降りしきる雨の音に溶け合っていく。
エンターキーを押した指が止まる。
デスクの煙草の蓋を開け、モニターから目を離さずに口で一本取り出す。
カキン。
ジッポの蓋が開く音。
火輪と擦れた火打石が放つ火花を糧に揺らぐ炎で、咥えた煙草の先端を炙る。
役目を果たしたジッポの蓋を閉じ、火を消してから背もたれに身を預ける。
ぎしりと、微かに椅子が軋む。
雨音の中に一人分の呼吸音。
隣室の音は届かない。
モニターに刻まれた文字列を眺め、深く吸い込んだ紫煙を吐き出す。
次の展開をどう振るか迷うように、視線だけが自身の打ち込んだ文字をなぞる。
じり、と。
甘く噛んだフィルターを吸う度に、乾燥した葉が燃えていく。
指先はまだ動かない。
自然が奏でる音色以外を排除した静けさに包まれた室内で、彼の人差し指がデスクを叩く。
規則正しく、少し早めなテンポ。
それはカナデという作家が思索を巡らせている証。
短くなっていく煙草の灰を、灰皿に落とす左手。
トントン、と、静かになった右手の代わりに微かな音を雨音に紛れ込ませる。
キーボードには触れない。
視線は一点で止まって動かない。
……咥えた煙草が尽きる頃、小さな舌打ち。
右手がマウスを握り、カーソルを動かして原稿を保存する。
部屋の主が立ち上がる。
合わせて軋むワークチェア。
左手の指に挟んだ煙草を灰皿で揉み消す。
嵌めた指輪が小さな金属音を立てた。
ドアを開けてリビングへ。
黙ってソファに座り込む。
コーヒーの香りが漂うキッチンから顔を出したアイビーが、マグカップをふたつ持ってその隣に腰を下ろす。
お互いに何も言わない。
ふ、と。
カナデはローテーブルの光景を眺める。
放り出した自分の煙草と、銘柄の違うもうひとつの箱。
それぞれの前に置かれた二人分のマグカップ。
なんの感慨を抱く訳でもない。
ただ淡々と、すっかり馴染んだ光景を視界に収めてから、カナデはマグカップに口をつけた。
コーヒーを啜る二人分の音。
洗面所から響く脱水の音。
どうやらカナデが出てくるまでの時間を逆算して回していたらしい。
この先回りは職業柄の鋭さから来るものか。
洗濯機の止まる音がドアの向こうで鳴り響いた。
二人同時に立ち上がり、単身者向けにしては広い洗面所へと向かう。
言葉は相変わらずない。
洗い上がった服をアイビーが広げ、カナデがバスルームの物干し竿へ干していく。
視界に入るシャンプーボトル。
その減りも心なしか早くなった気がした。
吊るしで干したいものを吊るし、浴室乾燥をオンにする。
残りは乾燥機へ放り込んで、スイッチを押してその場を離れる。
機械音を背に再びソファへ。
いつもと変わらない、慣れきった環境。
カキン。
アイビーが煙草に火を点ける。
カナデはスマートフォンから視線を外さない。
時折冷めかけたコーヒーを啜る音が、雨音に紛れて響いていた。




