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境界線の街  作者: 前澤凛
10/11

アザミ

「……行ってくる。アザミ、アイビー、留守頼んだ」



打ち合わせの呼び出しを受けたカナデが部屋を離れる。

それを寝起きの気怠さも隠さず見送るアイビーと、黒スーツの男。

アザミ、と界隈で呼ばれる彼もまた、アイビーと同じ情報屋だった。



「……で?」

「……あ?」



大人びた態度で短く問うアザミ。

対するアイビーは疑問符を返す。



「……何、珍しいこともあるものだと思ってな」

「…………」



無言。

それまでの気怠さが嘘のように、冷たい視線がアザミを突き刺す。

それはアザミがよく知るアイビーだった。



「……答えたくなければ答えなくてもいい。無理強いする気はないんでね」

「……そうかよ」



冷たく突き放す声。

先程までとは明らかに違う冷徹さに、アザミは軽く目を細める。


部屋主のいない部屋を何気なく見渡す。

室内に残る空気を肌で感じ、ふ、と声もなく笑う。

それを横目にアイビーは鋭く舌打ちした。



「……言いたいことがあるなら言えよ」

「いいや、何も」



アイビーはリビングに戻り、ソファに身を沈める。


……重い沈黙。

やがてアイビーが口を開く。



「……今日は何の用だ、アザミ」

「友人の部屋を訪ねるのに理由が必要か?」

「その友人が外出中だ、帰れ」

「はは、これは手厳しいな」



笑うアザミ。

アイビーの突き放すような悪態は今に始まったことじゃない、そう知っているからこその余裕。


ソファに腰を下ろしたアザミはシガレットケースとライターを胸ポケットから出し、確認するような眼差しをアイビーへと向ける。



「……勝手にしろよ。俺はこの部屋の主じゃねぇ」



逐一腹立たしいとばかりに突き放すアイビーの様子を横目に、アザミは手持ちの煙草を咥えて自分のライターで着火する。

ローテーブルの上のマグカップ。

そこに客用のものは含まない。

閉じかけの引き戸の隙間から伺える寝乱れたベッドルームの寝台は広い。

この部屋の主は窮屈を嫌う質だったな、とアザミは紫煙を燻らせながら思考する。


一人で住むには広い部屋も、その本来の気質を思えば彼らしい。



「……何ニヤついてやがる」

「気にするな、ただの職業病だ」

「……ったく、用件が済んだらさっさと帰れよ」

「その為にはまずカナデが戻ってこないとな」



……再度、舌打ち。

アイビーは雑に立ち上がり、単身キッチンへと向かう。

部屋主の客として扱う気になったらしい。

その様子を視界の端で追い、アザミは軽く目を伏せた。



「……好みは」

「エメラルドマウンテン」

「……ドリップでいいな」

「任せるよ」



不機嫌な声の主が湯を沸かす音。

それまで漂っていた香りとは違う来客用のコーヒーが用意されるその間、アザミは再度、どこか感慨深げな眼差しでふたつのマグカップを眺めていた。





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