溜まっていくもの
夕方。
仕事部屋から出てきたカナデはなんの気もなしに冷蔵庫を開いた。
……沈黙。
ほとんど物が入っていなかったはずのそこに、見覚えのないものが入っている。
飲みかけの炭酸水が二本、未開封のゼリー飲料が数個、どこで買ったのか分からないチョコレート、何故ここに入れたのか理解に苦しむチューイングガム。
眼精疲労を疑って、一度扉を閉じる。
眼鏡を外して一度眉間を揉み、掛け直して再度開く。
…………変わらない。
溜息を零しているとバスルームから上裸でアイビーが戻ってきた。
そして飲みかけの炭酸水を一本と、ゼリー飲料を一パック取り出す。
「……アイビー、お前いつから俺のルームメイトになった?」
「……は?なってねぇよ、そんな面倒なモン」
肩にタオルを引っ掛けて炭酸水を飲むアイビー。
カナデはその気配を背後に感じながら、冷蔵庫のドアを閉めた。
「……ああ、ちなみにこいつはお前の分な」
「……は?」
「いいから飲んどけって」
「……お前な」
声と共に栄養補助食品として名の通ったパックを放り投げられ、反射的にキャッチするカナデ。
アイビーの表情は普段と何ら変わらない。
「……買い出しなら行くから呼べって言っただろ」
「いちいち呼ばれたいって?そりゃ悪かったな」
半ば諦めの境地で封を切る。
常用しているものを買ってくる、いつもの手口。
カナデは蓋を緩めながらソファの定位置に身を沈める。
当然のように隣に来るアイビー。
「……なあ、お前」
「……何だよ、まだ文句でもあるか?」
「…………いや、いい」
紡がなかった言葉を飲み込み、ゼリー飲料に口をつける。
少し薬剤じみた、人工甘味料の味。
隣のアイビーが微かに笑った気がした。
パックの中身を飲み干したカナデは、空のそれと煙草の箱を持ち替える。
蓋を開けて唇で直接煙草を引き出し、愛用のジッポをポケットから出して火を点ける。
……と、隣から身を乗り出してくるアイビー。
その口元には、一本の煙草。
「……吸えよ」
ジッポの蓋を閉じる。
思いついたささやかな嫌がらせ。
火をつけたばかりの自分の煙草の先端をアイビーの煙草の先に当てる。
相手と息を合わせて吸い、赤色の熱を移してやる。
「……、普通に点けりゃいいだろ」
「勝手に冷蔵庫の物増やすお前が悪い」
オイルで灯した火を好むアイビーにはいい薬だと、微かに笑った夜。
それから一ヶ月、二人は顔を合わせていない。
仕事部屋から出てきたカナデが冷蔵庫を開ける。
中には飲みかけの炭酸水が一本、仕入先不明のチョコレート、チューイングガム。
炭酸水を取り出し、開ける。
気化したガスの抜ける音。
カナデはそれに口をつけ、一息に呷る。
わざわざ置いておく必要はない。
勿体ないから飲んだだけ。
空になったペットボトルを捨ててから、静かに冷蔵庫を閉める。
閉める間際に見えた趣味の合わないチューイングガムが、やけに視界に焼き付いた。




