煙草と消毒液
一ヶ月が過ぎ、次の一ヶ月も半ば過ぎた雨の日。
コンビニに足を向けたカナデが見たのは、煙草を買っているアイビーの姿だった。
ほんの一瞬、視線が絡む。
けれどお互いに声はかけない。
レジで店員から煙草を受け取るアイビーを他所に、カナデは奥へ進みカゴに目的のものを放り込む。
常用しているゼリー飲料数個、思考するための高濃度チョコレート、エナジードリンクのロング缶数本……それから、炭酸水を一本だけ。
それらを提げてレジに向かう。
客の少ない深夜のコンビニ。
煙草の銘柄を指定して、自分用のそれを三箱買う。
袋に詰めてもらったそれらを持って外に出てみれば強まった雨足に瞳を眇める。
ふ、と。
その時視界の端で黒い影が動いた。
軒先の灰皿の前で煙草を吸う、フードを被った黒い影。
「……まだいたのか」
「俺の勝手だろ」
ぶっきらぼうに帰ってくる声。
その質は、どこか硬い。
傘立てから引き出しかけた傘を戻し、灰皿の方へと歩み寄る。
久しぶりに嗅いだ、アイビーの煙草の匂い。
深夜の風に揺らぐ紫煙の香りに紛れ込んだ、ほんのささやかな変化を嗅ぎとる。
……淡い消毒液の香り。
「…………」
隣に立ち、買ったばかりの煙草を開けて中身を咥え火を点ける。
……沈黙。
互いの呼吸が雨の音に紛れて消える。
新しい煙草に火を点けたアイビーが、低く呟く。
「……捨てたのか」
「いや、残ってる」
「俺の炭酸水は」
「……ほぼ水だった」
はっ、と隣で笑う気配。
その顔はフードに隠れて見えない。
「……お前、今日泊まれ」
「……珍しいな、お前がそんな台詞吐くの」
「返事は」
「……はいはい」
コンビニの光をバックライトに、暗闇で揺れるふたつの赤い火。
投げやりに聞こえるアイビーの言葉に、カナデは一言こう添えた。
「……今夜はいい酒開けてやる」
「……は、そりゃまた随分な好待遇で」
「……俺が飲みたいだけだ、たまには付き合え」
……沈黙。
短くなってきた煙草の灰を交互に落とす。
カナデは隣のアイビーを見ない。
アイビーもまた、カナデを見ない。
時折車が雨に濡れた道路を走っていく。
「……なあ、お前さ」
「何」
「……いや、何でもねぇよ」
肩を竦めるアイビー。
フィルターが熱を持ち始める。
それぞれに煙草を口から離し、濁った水の溜まった灰皿へほぼ同時に吸殻を放り込む。
カナデが傘を引き出す間、アイビーはそこから動かなかった。
ビニール製の安物の傘を開く。
一足先に雨の中へ進むカナデ。
隣にはフードを外した銀髪。
カナデはほんの少しだけ、傘を傾けた。
「なあ、いい酒って何だよ」
「……帰ってからのお楽しみだ」
「ウィスキーなら今日はロックだな」
「その前にお前は風呂だ、この濡れ鼠」
帰路を辿りながら吐き捨てたカナデの視線が僅かに和らぐ。
ひとつの傘に、大の男が二人。
ほんの少しだけ高い視界の端で、眼鏡の外の銀髪を見る。
そこに特別な温度はない。
あるのは日常が戻ってきたことを確認する、揺らがない眼差しだけだった。




