眠りに落ちる
深夜、マンションのエントランスを歩くふたつの黒衣。
先を行く黒とマゼンダの色彩が空を切り、そのすぐ後を白銀の軌跡が塗り潰していく。
どこか揃わない足並み。
けれど付かず離れずの距離感。
そのままエレベーターへと乗り込む。
「……」
「……」
高層へと向かう、決して短くはない時間。
互いの間に会話はない。
ただ、二人のうち一方が欠伸をした。
その髪の色は、白銀。
53階。
無言の空間に無機質な単音が報せる到着の合図。
開いたドアから廊下に出た二人は、そのまま突き当たりの部屋へ向かう。
心なしか、欠伸をした側の足は重い。
マゼンダ……カナデのポケットから鍵が取り出された。
鍵穴に差し込んだそれが静かに回る音が響く。
言葉はない。
沈黙の中を物音だけが支配する。
開いたドアの外側に立って、カナデが気配だけでアイビーを促す。
珍しく大人しく従うその瞳からは普段の鋭さが失われている。
先に中へと上がり込む白銀の頭を確認してから、カナデ自身も部屋へ入る。
後ろ手に鍵を閉めた手が、ごく自然にチェーンもかけた。
部屋の中でアイビーは真っ直ぐソファに向かった。
一方のカナデはキッチンへ。
豆を挽き、コーヒーの支度をする。
相変わらず、会話はない。
歪な抽出音が静かな部屋を満たす。
抽出を待つ間にカナデはベッドルームへ。
アイビーはソファから動く気配がない。
ただ定位置に沈みこんでいる。
ラフな格好へと着替えて戻る頃にはコーヒーの抽出が終わりかけていた。
やけに静かすぎる気配。
「……アイビー」
リビングまで戻ったカナデの声が、名を紡ぐ。
返答はない。
あるのは、静けさに紛れそうな呼吸音。
あまりの無防備さに小さくため息をつく。
二人分淹れたコーヒーの飲み手は、どうやらカナデだけらしい。
マグカップをひとつだけ出してコーヒーを注ぐ。
それを片手に自分の定位置へ座る。
隣で眠りに落ちたアイビーの、珍しく疲弊した顔つき。
それを横目に一瞥して、コーヒーを置いたまま軽く腰を浮かせる。
斜向かいに置いた客用ソファにかかったブランケットを手に取り広げて、眠るアイビーへと掛けてやる。
それ以上は手を出さない。
二人分の呼吸が静かに響く、広い部屋。
カキン。
小さな金属音が鳴り、間もなく一筋の紫煙がソファの一方からのみ立ち上り始めた。




