覚醒
色素の薄い瞳が、重い瞼の向こうから緩やかに覗く。
ぼんやりとした思考。
隣には、衣服越しに感じる人間の温度。
睡魔を強く引きずるその頭を、アイビーはごく軽く隣の温もりへ預ける。
「……」
隣の温もりは何も言わない。
ただ静かに重みを受け止める。
嗅ぎなれた煙草の香りは、アイビー自身のものではない。
……それなのに、妙に自分を落ち着かせるこの香りの、主は。
「…………ナデ……」
「……ああ、目が覚めたか」
「……、っ!?」
隣から穏やかに返ってくる声。
瞬間、急浮上する意識。
反射で身を離す。
目いっぱい開かれた瞳が向けるその眼差しは、信じられないものを見る目つき。
カナデはそんなアイビーを見て、笑うでもなく淡々と告げる。
「……三時間、といったところか。珍しいな、お前が俺の部屋で寝落ちるなんて」
「は……?三……寝落ち……?」
まだ回りきらない頭で現状を把握しようと、アイビーはカナデの言葉を拾う。
対するカナデは吸い込んだ紫煙を吐き出してから、空いた手の指先でローテーブルに放置されたアイビーのスマートフォンを軽く叩く。
「嘘だと思うなら見てみるといい。……寝落ち前の記憶があれば、だが」
「……」
促す声に、アイビーの手がスマートフォンを取る。
液晶に触れると表示される時間は、自分が最後に見たものから数時間経過していることを示していた。
「……嘘だろ」
「……、嘘に見えるか?」
「いや、……いや待て、じゃあ俺がさっきまで借りてたのは……」
「俺の肩だな。……随分と寝心地よさそうだったが」
……心なしか重い沈黙。
少ししてアイビーが深いため息を零し、片手で白銀の髪を雑に掻き乱す。
隣のカナデはそれを一瞥する。
それ以上のことはしない。
「…………カナデ、お前ちょっと記憶吹っ飛ばせ」
「断る。お前が寝てる間に組んだプロットが吹っ飛ぶだろ」
「……じゃあせめて見なかったことに」
「別に今更、……いいんじゃないか」
じり、と煙草が燃える音を挟んで、吐く息とともに素っ気なく呟くカナデ。
「……俺の部屋でお前が気を抜いたところで、見てるのは俺だけだ。……だから、いいんじゃないか」
「…………」
その言葉に前髪の影からカナデの横顔を見遣るアイビー。
無関心なようで、少しだけ……本当に少しだけ、感情の窺える、その表情。
……やがて荒っぽい舌打ちがアイビーの口から零れた。
スマートフォンを放り、代わりに煙草の箱を取って一本引き出し咥えて引き抜く。
「……ん」
「……火ならそこにあるだろ」
「いいから寄越せ」
「……変な奴だな」
少し短くなった煙草の先端を、アイビーの煙草に触れ合わせるカナデ。
互いの間で束の間強く燃える、ひとつの赤。
その火が移ったところでそっと離す。
「……アイビー」
「……んだよ」
「……、いいや」
何でもない、と返すカナデの口元。
僅かな笑みを湛えたそこを横目に見たアイビーが、どこか捻くれたように紫煙を吐いた。




