夜明けの三時
夜明けを迎えたばかりの早朝。
高層マンションのとあるフロアで、階層の主が目を覚ます。
今日は隣には誰もいない。
淡々とその事実を脳内で処理する。
ベッドから起き上がり、ラフな部屋着でマゼンダの襟足を掻きながらリビングへと向かう。
……そこには銀髪の男がいた。
「…………」
暫しの無言。
次いで、小さく零れる吐息。
キッチンに向かい豆を挽き、黙ってコーヒーを淹れる支度をする。
棚から取り出すマグカップは、二つ。
コーヒーメーカーに挽いた豆を入れ、抽出を待つ間立っている必要はない。
着の身着のままでソファに陣取り肘掛を枕に眠る男の横を抜け、隣に座ると彼を起こしもせずにスマートフォンを操作し始める。
……沈黙。
自分の領域にこうも気安く入ってくる相手は一人しかいないと知っているからこその無言。
機械によってドリップされるコーヒーの香りが部屋に満ちる。
すると、丸まっていた銀髪の男がうっそりと目を覚まし起き上がった。
「……起きたか」
「……お前、起きるの早すぎんだろ」
爺かよ、とぼやきながら銀髪……アイビーは部屋主の隣に座り直して欠伸を噛み殺した。
それを横目に部屋主……カナデは抽出音が途切れるのを待つ。
コーヒーの香りと、少し歪な抽出音。
室内の空気を震わせるそれが鳴り止んだ時、二人同時に立ち上がる。
ソファを離れてキッチンへ。
「……闖入者の分のコーヒーならないが?」
「俺の分だろ、そのマグカップ」
……嘆息。
ガラスのポットに抽出されたコーヒーを二つのマグカップに分けて注ぐ。
「……ん」
短い一音と共に一方のマグカップを渡す。
アイビーがマグカップを持ってソファに向かう、その背を追うようにしてカナデもマグカップ片手にソファへと座った。
肩が触れる距離。
空いた腕を背もたれの縁に引っ掛けて座るアイビーの隣で、コーヒーを啜る。
「……で?」
「……あ?」
「俺に用があって来たんじゃないのか?」
「あー……いや、何もねぇよ」
小さく笑うアイビー。
カナデの肩に腕が乗る。
決して引き寄せる訳じゃない。
ただ乗せた、それだけの事象。
溜息こそ吐くがカナデはそこにいた。
相手がアイビーだからこそ、彼にとっては避ける理由にもならない。
「コーヒー、飲んだら俺の分も片付けろよ」
「はいはい」
ほんの少しだけ腕がカナデの肩にかかる。
一瞥。
ただそれだけ。
コーヒーを啜る音だけが響く、夜明けの室内。
カナデは隣のアイビーを見た。
「何だよ」
「……別に」
異国の気配を纏う鋭い瞳が怪訝に眇められる。
その視線を受け止めながら、カナデは徐に空いた手でアイビーの額を容赦なく弾いた。
「痛って」
「勝手に入ってきた分だ。通報しないだけありがたく思え」
額をさする姿に漸く溜飲が下がった。
空になったマグカップをアイビーに押し付ける。
少し前に飲み終わっていたアイビーが、黙ってそれを受け取り席を立つ。
キッチンからの水音を聞きながら、カナデはローテーブルの煙草を引き寄せ一本咥えて火を点けた。




