その頃の二人
ポケットからキーホルダーひとつ付いていないディンプルキーを取り出し、鍵穴に差し込んで、回す。
鍵の開く音が廊下に響く。
続いて空気が揺れる気配。
主のいない部屋に上がり込む影。
その髪は窓からの月明かりに照らされて仄かに白い。
鍵を閉め、ドアの隣を手で探って照明を点ける。
暗めに設定された暖色のLEDが淡く室内を照らしだした。
アイビーは静かにジャケットを脱ぎ、冷蔵庫へと真っ直ぐ向かう。
換気扇と冷蔵庫の駆動音の中でドアを開いて、複数本転がる炭酸水を一本取りだし静かに閉めた。
広いリビングに物音だけが響く。
足音。
ソファの革が僅かに軋む音。
炭酸水の封を切る音。
火輪が回り煙草が着火される音。
ゆらり、紫煙が立ち上る。
部屋の主は、まだ帰ってこない。
─────
数時間後。
鍵の回る音が静寂の中に響く。
明度の低い落ち着いた照明の中、白銀の頭がローテーブルでノートパソコンと向き合っている。
その頭に短く一言だけかける。
「……来てたのか」
「……ああ」
会話はこれだけ。
慣れきった光景。
カナデはそれ以上何も言わない。
ジャケットを脱ぎ、コート掛けに手を伸ばす。
先にかかっていた黒いジャケットとは別の位置にかける。
カナデが普段叩くキーボードとは違う、もっと軽くて小さな音が束の間室内を支配する。
「……俺の炭酸水」
「……ある分だけだ」
滞在期間中に不足したら買えよ、と言外に語りながらカナデはソファの定位置に座る。
カキン。
愛用のジッポの蓋を開ける音。
咥えた煙草の先端に火を点け、隣からアイビーのノートパソコンを覗き込む。
そこに広がるのは情報の奔流。
いくつも開かれたウィンドウを眺め、カナデは徐に一点を指差す。
「……そこミスってる」
「打ったやつに言え、俺じゃねぇ」
あからさまに意味の違ってくる漢字の誤用。
珍しいと思ったが他者の打ったものであれば納得もいく。
眼鏡越しの視線が画面からアイビーの手元に落とされる。
治りかけの生傷が残る、傷跡だらけの手。
「……お前」
「……何だよ」
「…………なんでもない」
それきり黙って煙草を吸う。
……沈黙。
軽い打鍵音だけが響く。
カナデは短くなった煙草を灰皿で揉み消し、少し渇いた喉を中身が半分程度に減った炭酸水で潤す。
それから静かに立ち上がる。
あの進捗だとアイビーの仕事はまだ終わりそうにない。
この部屋に持ち込んでいる以上、恐らく急ぎのものなのだろう。
ベッドルームから着替えを持ち出し、黙ってバスルームへと向かう。
ドアの開閉音。
アイビーは反応しない。
間もなくシャワーが床を叩く音が、打鍵音に紛れて響き始めた。




