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境界線の街  作者: ヒビキ
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18/22

管理員の邪推

このマンションには少し謎めいた住民がいる。

最近新たに夜間を担うことになった新人管理員にそう話して聞かせたのは、同じマンションの昼間を担当する先輩だった。

曰く、とある上層に居を構える独り身の作家。

厭世家じみた彼の部屋に、いつからか出入りする男がいるらしい。


その男は以前から時折客として招かれていた。

管理員からエレベーターに乗るためのカードキーを預かり、それを使って移動していたという。

それがいつの間にか客用のカードキーを受け取りに寄ることもなく、部屋主が不在でもお構いなしに一人でエントランスを堂々と抜けていくようになったとか。


"でも住民リストにはいないんだよ"


ほら、と見せられた該当のページには、確かに一人分の名前しかなかった。

どこか都市伝説じみた不可解さ。

その謎の男と作家の関係性に少し無粋な興味を持ったのは、まだ記憶に新しい。


缶コーヒーを啜りながら、夜間の建物の内外を映す監視カメラを眺める。

いくつか並んだ小さなモニターを眺めていると、モノクロの人影が映りこんだ。

場所は暖色のLEDにくまなく照らされたエントランス。

男性らしきその人間は、単身慣れた様子でエレベーターに向かいカードキーを使って中へと乗り込む。

エレベーター内のカメラを見る。

白銀の髪、黒い服。

堂々とした立ち振る舞いは住民そのもの。



「……例の、話に聞いた作家……か?」



53階で降りて突き当たりの角部屋へ向かう男。

ポケットから鍵らしきものを取り出しドアを開ける、そのあまりにも普段通りといった様子につい呟く。

時刻を見ればまだ20時過ぎ。

何か外での用事を終えて戻ってきたのだろう。


住民の詮索は流石に悪趣味と判断して、エントランスの様子に視線を戻す。

ちょうど子供連れの家族が一組、エレベーターへ向かうところだった。



─────



それから数時間後。

何組かの住民が帰宅する様子を眺めていた管理員。

平穏な夜。

そこに鮮烈な色が飛び込んできた。

黒を切り裂くマゼンダの髪。

黒いジャケットと黒髪との間に見えるその色彩が、肩で軽く跳ねて揺れる。

夕方交代してから初めて見るその背はやはりカードキーを取り出し、他の住民と同じく慣れた足取りでエレベーターに乗り込む。

その目が一瞬、カメラ越しに自分を見た気がした。


エレベーター内のカメラ映像に目を向ける。

押されて光るボタンの位置は、その背に隠れて見えない。

上っていくエレベーター。

30…40…50…53。

白銀の髪の男と同じ階層。

開いたドアから出ていく背を追って、全階層の廊下の映像を担うカメラの映像を切り替える。

向かう先は突き当たりの角部屋。

慣れた様子で鍵を開ける動作。

中に人がいることを想定していないかのような、その素振り。

先日聞いた話を思い出す。


"部屋主が不在でもお構いなしに"


部屋主がいることを想定していない動き。

なるほど、彼が話に聞いた男かと納得した。



─────



翌日、交代の時間。

たまたま次の担当だった話の大元の先輩に、彼はしたり顔で話を振った。



「見ましたよ、昨日。例の白髪の作家と男。怪しいですねあれ、合鍵も持ってて……絶対何かありますって」



恋人か、家族か、居候の兄弟か……。

そう語る後輩に対し、昼を担う先輩は瞬いてこう答えた。



「……逆だね。黒髪にピンクが入った子が53階のカナデさんだよ。白髪の方が正体不明な子」



後輩のしたり顔が固まる。



「それに彼ら、そういう仲じゃないと思うよ。話してるの見るともっとこう……乾いた感じがするから」



重ねてぼやけた推理を返され、後輩は唖然とした。

後から帰ってきたマゼンダが部屋主。

それなら、あの白銀の男は。


"部屋主が不在でもお構いなしに"


脳裏で昨夜反芻した言葉が、今になってまたじわりと頭に浮かび上がった。




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