山ぶどうと紅茶の炭酸割り
深夜、人気の少ないファミレス。
その一角に陣取る二人の男。
もう二時間は滞在しているだろうか。
銀髪の男は気怠げにノートパソコンを弄り、もう一方はスマートフォンを眺める。
そこに会話らしい会話はない。
あるのは言葉のない静寂と、キーボードが立てる打鍵音だけ。
スマートフォンを弄る側の、陶器のカップを傾ける手が止まった。
斜め向かいに座る男の指先もキーボードの上で僅かに泳ぐ。
ただし視線はそれぞれ画面を向いたまま。
そっと置かれるカップの中身は最後に口をつけた時に飲みきっていた。
……沈黙。
夜更かしの若者が笑い話に花を咲かせる声も、店員が時折巡回する足音も届いていないかのような静謐さ。
スマートフォンを置き、通路側の席を立つ。
テーブルの上には既に空にしたカップとグラスが複数置いてあった。
ほんの少しの間、小さな打鍵音だけが響く。
席を離れていた男が持ってきたのは、ブラックコーヒーのホット。
代わり映えのしないその手元を一瞥した視線は、すぐにノートパソコンへ戻される。
コーヒーの男は再びスマートフォンを持ち、何やら画面に打ち込みながら取ってきたばかりのドリンクを啜る。
からん、と。
今度はノートパソコンと向き合う男の手元から音が響く。
傾けたグラスには少しの氷しかない。
……沈黙。
空のグラスを相手の正面に置き、入れ違いに立ち上がる。
一方が座席を離れているその間もスマートフォンを滑る左手の親指。
どうやらこの二人、お互い指を止める気はないらしい。
少し離れたドリンクバーからサーバーの稼働音が響く。
ボタンを押される度に鳴るその音は、短く三度に分かれていた。
やがて戻ってきた男がグラスをテーブルに置き席へ座る。
そのグラスが奏でる音は、透き通った琥珀色には似合わない泡の爆ぜる音。
「……今度は何作ってきた」
「……山ぶどうと紅茶の炭酸割り」
スマートフォンの男が短く息を吐く。
それ以上は、何も言わない。
再び作業に戻る二人。
店員が下げた皿が微かに擦れ合う音をBGM代わりに、黙々と自分の作業を続ける。
タン。
ノートパソコンに触る指がエンターキーを押して止まる。
スマートフォンから相手のグラスへ視線を移す。
グラスの中身は半分ほど残っていた。
「……済んだか?」
「ああ」
最低限まで削ぎ落とされた会話。
それを合図に二人は席を立つ。
一方がノートパソコンを畳む間、もう一方が会計に向かう。
通路で合流する際にノートパソコンの男の胸元へレシートを持つ手が押し付けられた。
「……半額」
「経費じゃねぇのかよ」
「いつ俺がお前を雇った」
店に来て初めて交差する視線。
その眼差しが言外に釘を刺す。
胸元のレシートを指先で挟み取ると触れていた手の甲が離れる。
彼はその紙切れを無造作にポケットへしまい、自分を通過して先に進む相手の後を追いかけた。




