コーヒーと煙草
朝、冬の日差しに照らされたリビングから響いてくるコーヒーの抽出音。
シャワーの湯を止めたばかりのカナデの指先が、金属のレバーハンドルから静かに離れる。
裸足の足で濡れた床を数歩進み、湯気の残るバスルームから脱衣所へ。
バスタオル手に取り雑に頭を拭き、濡れた体の水分を吸い取らせて、用途を終えたそれをランドリーバッグに放り込む。
中には既に一人分の衣服と、湿った一枚のバスタオル。
普段着に袖を通し洗面台の前に立つ。
ドライヤーを片手に軽く髪を乾かす。
熱風に煽られて踊るマゼンダは黒髪の部分より少しだけ乾きづらい。
その根元が乾くまで、ドライヤーを当てる。
乾いた頃に風を止めて、元あった場所にドライヤーを戻す。
鏡の傍らに置いた眼鏡をかけ、踵を返してリビングへ。
ドアを開けると微かに届いていたコーヒーの香りがより明確になった。
ソファの片側から立ち上る紫煙。
当然のようにその隣へ座るカナデ。
ローテーブルには湯気を立てるコーヒーが二つ。
……言葉はない。
アイビーは煙草を咥えたまま、軽く軋んだ自分の隣を一瞥する。
まるでそれが当たり前かのように、カナデのいる側の背もたれへ腕を乗せる。
その指先がマゼンダの毛先を弾いた。
「……湿ってんぞ」
「面倒なんだよ」
短い会話。
それ以上何も言わないアイビー。
カナデもまた、何も言わない。
ただタイミング良く用意されたコーヒーを啜る。
窓にかかるバーチカルブラインドから淡い光が差し込む中で、言葉もなくコーヒーを啜る二人。
やがて中身がなくなったマグカップを置いて、カナデが煙草に火を点す。
深く肺に沈めた一口目の紫煙を吐き出す間に、アイビーが灰を灰皿に落とす。
そばに転がる煙草の箱は二つ。
「……なあ」
「……何だ?」
「あとでコンビニ付き合えよ」
「また妙な味のガムでも買う気か?」
短くなった煙草を中間地点の灰皿に押し付けたアイビーの指先が、返事の代わりに煙草の箱を軽く叩く。
煙草が切れたと言外に示す仕草。
「……、ラスト一本吸ってからな」
「……そうかよ」
アイビーは言葉より行動で示す。
その手がカナデの煙草を手にした。
かなり軽いそれの蓋を開けて、最後の一本を摘んで口に咥える。
カナデはその様子を横目で一瞥するだけ。
「……お前よくこんな不味い煙吸えるよな」
「分かってるなら吸うな」
「こうすりゃ嫌でも動くだろ」
「……お前な」
ため息混じりに呆れを見せるカナデ。
眉間に淡く皺を寄せて、合わない煙草を吸うアイビー。
最後のひと吸いがフィルター近くの熱を口内に伝えてくる。
カナデはそれを灰皿で揉み消し、アイビーを置いてベッドルームへ姿を消した。
普段着から外出着に着替えるために。
予定変更。
どうせ食材も、アイビーの炭酸水も減ってきた頃合だ。
コンビニだけと言わず連れ回すのも、たまになら悪くない。




