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境界線の街  作者: ヒビキ
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13/22

水音と打鍵音

静けさの中でキーボードを叩く打鍵音が響く。

それが止まるたびに聞こえるのは、煙草が灰皿を叩く音。

執筆部屋に閉じこもって、モニターの中に物語を描く。


デスクの傍らにはゼリー飲料の潰れたパッケージ。

それと、過日入手した資料たち。

時折手を止め煙草の灰を落としながら、カナデは執筆に没頭していた。


眼鏡越しの視線がモニターを這う。

整った指先がキーボードの上で踊る。

そこには何の介入もない。

カナデが息衝く気配しかしない。

また手を止めて、ワークチェアの背もたれに背を預けながら指先で口元の煙草を挟む。

深く吸って、吐く。

短くなった煙草を灰皿へ押し付け、火種を揉み消す間も視線はモニターに注がれたまま。

自分が打ち込んだ原稿を眺め、黙って続きを考える。


閉め切った部屋の中は夜の静寂に包まれている。

余計なノイズはほとんどない。

パソコンの微かなファンの音も、集中している今だけは気にならない。


再び響き始める滑らかな打鍵音。

無機質なその音が暗い部屋を飾る。

その中に小さなノイズが混ざった。

廊下を挟んだ対面のドアが開閉する音。


キーを叩くカナデの指先がほんの一瞬宙に浮く。


……静けさの中でファンの回る音だけが響く。

少しすると水音が聞こえ始めた。

壁とドアを隔てた向こう側。

バスルームからだと悟る。

カナデは席を立とうとしない。

それどころか再びキーを叩き始める。

執筆作業の再開。

僅かに耳に届くシャワーの水音が、パソコンのファンの音を打ち消していく。


暫くしてシャワーが床を叩くが止まった。

けれどカナデの手は止まらない。

新しい煙草を一本咥える。


カキン。


ジッポの炎が暗がりに揺らめく。

火を点けた煙草の煙を肺に溜め、深く吐いて耳を澄ます。

ドアの開閉音。

人の気配。

リビングの方へと向かう裸足の足音が遠ざかっていく気配を感じながら、煙草を灰皿へ置きモニターを見据える。

ほんの少しだけ細まる瞳。


カナデはその場から動こうとはしない。

ただいつものように自分の仕事に打ち込む。

何ひとつ変わらない挙動。

……否、一つだけ変化があった。


転がしたイヤホン。

それを必要としていたノイズが遠ざかり、気にならなくなったこと。


カナデは一人、モニターと向かい合う。

浮かんだ構想を原稿に載せていく。

その指に迷いはない。

壁一枚隔てたリビングの灰皿が、静かに動かされる音が聞こえた気がした。




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