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転生人語 ー紫の語りー 紫式部は現世も見て物語を書いていたのかもしれない!?  作者: 岩田 ヒロ
空蟬(うつせみ)

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再会は始まりではなく

 まったく、若い人というのは昔も今も変わらない。目の前の気持ちを大事にしているようで、いざ言葉にするとなると急に臆病になる。


 光の君が空蟬の君にそっと近づいたあの夜だって、騒がしいばかりで、結局ふたりの関係は風が触れた程度のものにしかならなかった。


 ***


 高校の同級生だった彼と、再び言葉を交わすようになったのは、卒業から七年が過ぎた春だった。桜が散り始めて、街の色が春の新しい空気に満ち始めた頃。わたしは仕事帰りに駅前のカフェへ寄り、アイスコーヒーを頼んで席に着いた。スマホを見ていたら、ふと視界の端に見覚えのある横顔が映った。


 彼は、少しだけ大人になった顔で立っていた。高校の頃より髪が短く、表情が落ち着いていた。けれど、笑うときの目の形はあの頃のままだった。


「……久しぶりだね」

「ほんとに。こんなところで会うなんて」

「地元に戻ってきたんだ。仕事、変わってさ」


 彼は昔から、どこか風のような人だった。じっとしているようで、気づくと遠くへ行ってしまう。高校の頃も、彼のことを完全に掴めたことは一度もなかった。


「また会える?」

「……いいよ」

「じゃあ、連絡する」


 何か新しいことが起きそうな予感。やっぱり春だからかしら。そんなことを思いながら、期待とも不安ともつかない気持ちで胸がいっぱいになった。


 それから、わたしたちは何度か会った。夜のファミレス、休日の映画館、仕事帰りのコンビニ前。どれも特別ではない場所だったけれど、わたしには少しずつ特別になっていった。


 ある夜、彼は言った。

「高校の頃さ、君のこと、ちょっと気になってたんだよ」

「嘘でしょ」

「ほんと。高校の時って、なかなか話しかけられなかったけどさ。いつも静かで、でも芯があるなって思ってた」


 七年遅れの告白のようだった。

 でも、わたしはすぐに返事をしなかった。胸の奥で何かがゆっくりほどけていくのを感じながら、ただ黙っていた。


「今は?」と聞いてみた。

「……わからない」

「そっか」

「嫌いじゃないよ」

「そう」

「高校の時に想像してたとおりの子なんだなって思ってる」


 彼はそう言って笑った。その笑顔が、わたしの心に刺さった気がする。


 けれど、わたしは少し心配になった。

 大人になったわたしたちは、仕事があり、生活があり、責任がある。恋だけで世界が回る年齢ではない。なんとなく嫌な予感がした。


 ある日、彼は言った。

「転勤、決まったんだ」

「どこに?」

「大阪」

「遠いね」

「うん。でも、仕方ないよな」


 予感は当たった。ようやくいろいろ話せるようになったところなのに。ようやく心が許せるようになったのに。


 転勤の日、わたしは駅まで見送りに行った。

「じゃあ、行くよ」

「うん」

「また連絡する」

「うん」


 彼は改札を抜け、振り返って手を振った。

 わたしも手を振った。

 その瞬間、胸の奥でわたしが騒ぎだす。


 ――これは終わりじゃない。


 わたしたちは、ただ少しだけ距離を置いて歩き始めただけだ。


 彼の背中が見えなくなったあと、スマホを見るとメッセージがひとつ届いていた。


「また会おう」


 短い言葉だった。

 でも、それで十分だった。


「いつもそばにいてほしかった」

 わたしはメッセージを送っていた。


 春の光が少しだけ柔らかくて、歩き出す足取りはいつもより軽かった。


 ――距離はわたしたちを強くする。

 ――そう思えた。そう思うことにした。


 ***


 そもそも、人の心というものは思いどおりに動くようにはできていない。光の君がどれほど情熱を持って空蟬の君に近づいたとしても、空蟬は自分の生活を守るためにそっと身を引かざるを得なかった。それは決して拒絶ではなかった。


 光の君も、空蟬の君も、そしてこの物語のふたりも。触れられなかった気持ちが、静かに二人の関係を作っていくように私は思う。


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