初めてなのに懐かしい人
初めて会ったはずの人に、なぜか懐かしさを覚えることがある。なんとも言えないあの感覚は、錯覚と呼ぶにはあまりに確かで、記憶と呼ぶにはあまりに曖昧だ。私は長く物語を書いてきたけれど、「懐かしさ」ほど人を静かに導くものはないと思っている。それは前世の記憶なのか、本能や魂の導きなのか、あるいは言葉にならない約束の名残なのか。
今日の“彼女”もまた、そんな説明のつかない懐かしさにそっと触れたようだ。
***
初対面のはずなのに、何か懐かしさを覚えたのは、生まれて初めてだった。
*
彼と出会ったのは、会社の研修だった。会議室の扉を開けた瞬間、彼がこちらを向いた。
その一瞬で、会議室の空気が変わった気がした。
「はじめまして。よろしくお願いします」彼は少し照れたように笑い、右の袖を左手の指でつまんで軽く引っ張って整えた。その仕草を見た瞬間、胸がざわついた。あれ、この動き、知ってる。でも、どこで?誰が?いつ?思い出そうとしても、記憶の底で波が引くように消えていく。
「大丈夫ですか?」
「え、すみません。ちょっと……」声を聞いた瞬間、また胸がざわついた。落ち着いたこの声。どこかで聞いたことがある。でも、思い出せない。
*
研修が終わり、帰り道が偶然一緒になった。
「駅まで歩きます?」
「はい」並んで歩くと、彼の歩幅が自然と私に合っている。この歩き方、前にも隣で見た気がする。でも、そんなはずはない。彼とは今日が初対面だ。
「なんか、前にも会ったことありませんか?」気づけば口にしていた。
「よく言われます。懐かしい感じがするって。きっとどこにでもいるような男なんですかね、僕って」そんなことを笑顔で言う彼に、胸がきゅっと締め付けられた。
*
翌週、彼と二人で資料作りをした。仕事の話をしているだけなのに、妙に落ち着く。彼の声、仕草、物の取り方。どれも知っている気がする。紙コップを渡すとき、指が触れた。
静電気が走ったような感覚がして、思わず指を引っ込めた。この感覚、知ってる。昔、同じように触れられたことがある。
「どうかしました?」彼は何も気づいていないように冷静に聞く。
「いえ、なんでもないです」なんでもなくなんかない。なんで私だけおろおろしているのだろう。
*
帰り道、電車の中でつり革広告を見ながら考えた。彼とは初対面だ。でも懐かしい気がするということは、『前世で会ったことがある』ということなのか。前世なんて信じていない。でも、なぜか私は彼を知っている。間違いない。説明できない懐かしさが、身体の奥から湧き上がってくる。
*
数日後、資料作りが終わりそうな頃、彼とランチに行った。他愛ない話をしていると、彼がふとつぶやいた。
「資料作り、割と早く終わりそうですね。僕たち、なんか馬が合っている気がします。ほら、初めて会った日、前にも会ったことありませんかって聞いていたじゃないですか。なんとなく、昔から一緒に作業していたような気が今はします」
私は息を飲んだ。間違いない。私たちの深い記憶のどこかで、私たちは憶えている。その日の作業が終わり、駅に向かう途中、彼が笑顔で言った。
「また、ランチ行きましょう」ああ、この笑顔、知ってる。
私は歩きながら、心の中でそっとつぶやいた。
「やっと会えたのかもしれない」
***
そもそも、人が誰かに懐かしさを覚えるとき、それは相手が同性であろうと異性であろうと関係なく、いまこの瞬間だけの出来事でもない。もっと時を超えたどこかから続いている糸が、ふと触れ合っただけなのだ。
『袖振り合うも他生の縁』
前世からの巡り合わせがあるかもしれない。だからこそ、日常の些細な出会いや人とのつながりを大切にしないといけない。
光の君にも、そんな出会いがあった。ある女性と出会ったとき、その歩き方、声の調子、
袖を直す癖までもが、なぜか“知っている”ように思えたのだ。それからというもの、彼は彼女を目で追わずにはいられなかった。まるで前世のどこかで、彼女の笑顔を知っていたかのように。人は時に、思い出せない記憶に導かれる。そしてその記憶こそが、新しい恋の扉を開くのである。
読んで頂き、ありがとうございます。
評価と応援よろしくお願いします!
ほぼ毎日更新しています。フォローして頂けるとうれしいです!




