表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生人語 ー紫の語りー  作者: 岩田 ヒロ
紫の上(むらさきのうえ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/83

初めてなのに懐かしい人

 初めて会ったはずの人に、なぜか懐かしさを覚えることがある。なんとも言えないあの感覚は、錯覚と呼ぶにはあまりに確かで、記憶と呼ぶにはあまりに曖昧だ。私は長く物語を書いてきたけれど、「懐かしさ」ほど人を静かに導くものはないと思っている。それは前世の記憶なのか、本能や魂の導きなのか、あるいは言葉にならない約束の名残なのか。


 今日の“彼女”もまた、そんな説明のつかない懐かしさにそっと触れたようだ。


 ***


 初対面のはずなのに、何か懐かしさを覚えたのは、生まれて初めてだった。


 *


 彼と出会ったのは、会社の研修だった。会議室の扉を開けた瞬間、彼がこちらを向いた。

 その一瞬で、会議室の空気が変わった気がした。

「はじめまして。よろしくお願いします」彼は少し照れたように笑い、右の袖を左手の指でつまんで軽く引っ張って整えた。その仕草を見た瞬間、胸がざわついた。あれ、この動き、知ってる。でも、どこで?誰が?いつ?思い出そうとしても、記憶の底で波が引くように消えていく。


「大丈夫ですか?」

「え、すみません。ちょっと……」声を聞いた瞬間、また胸がざわついた。落ち着いたこの声。どこかで聞いたことがある。でも、思い出せない。


 *


 研修が終わり、帰り道が偶然一緒になった。

「駅まで歩きます?」

「はい」並んで歩くと、彼の歩幅が自然と私に合っている。この歩き方、前にも隣で見た気がする。でも、そんなはずはない。彼とは今日が初対面だ。

「なんか、前にも会ったことありませんか?」気づけば口にしていた。

「よく言われます。懐かしい感じがするって。きっとどこにでもいるような男なんですかね、僕って」そんなことを笑顔で言う彼に、胸がきゅっと締め付けられた。


 *


 翌週、彼と二人で資料作りをした。仕事の話をしているだけなのに、妙に落ち着く。彼の声、仕草、物の取り方。どれも知っている気がする。紙コップを渡すとき、指が触れた。

 静電気が走ったような感覚がして、思わず指を引っ込めた。この感覚、知ってる。昔、同じように触れられたことがある。


「どうかしました?」彼は何も気づいていないように冷静に聞く。

「いえ、なんでもないです」なんでもなくなんかない。なんで私だけおろおろしているのだろう。


 *


 帰り道、電車の中でつり革広告を見ながら考えた。彼とは初対面だ。でも懐かしい気がするということは、『前世で会ったことがある』ということなのか。前世なんて信じていない。でも、なぜか私は彼を知っている。間違いない。説明できない懐かしさが、身体の奥から湧き上がってくる。


 *


 数日後、資料作りが終わりそうな頃、彼とランチに行った。他愛ない話をしていると、彼がふとつぶやいた。

「資料作り、割と早く終わりそうですね。僕たち、なんか馬が合っている気がします。ほら、初めて会った日、前にも会ったことありませんかって聞いていたじゃないですか。なんとなく、昔から一緒に作業していたような気が今はします」


 私は息を飲んだ。間違いない。私たちの深い記憶のどこかで、私たちは憶えている。その日の作業が終わり、駅に向かう途中、彼が笑顔で言った。

「また、ランチ行きましょう」ああ、この笑顔、知ってる。


 私は歩きながら、心の中でそっとつぶやいた。

「やっと会えたのかもしれない」


 ***


 そもそも、人が誰かに懐かしさを覚えるとき、それは相手が同性であろうと異性であろうと関係なく、いまこの瞬間だけの出来事でもない。もっと時を超えたどこかから続いている糸が、ふと触れ合っただけなのだ。


『袖振り合うも他生の縁』


 前世からの巡り合わせがあるかもしれない。だからこそ、日常の些細な出会いや人とのつながりを大切にしないといけない。


 光の君にも、そんな出会いがあった。ある女性と出会ったとき、その歩き方、声の調子、

 袖を直す癖までもが、なぜか“知っている”ように思えたのだ。それからというもの、彼は彼女を目で追わずにはいられなかった。まるで前世のどこかで、彼女の笑顔を知っていたかのように。人は時に、思い出せない記憶に導かれる。そしてその記憶こそが、新しい恋の扉を開くのである。


読んで頂き、ありがとうございます。

評価と応援よろしくお願いします!

ほぼ毎日更新しています。フォローして頂けるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ