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転生人語  作者: 岩田 ヒロ


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35/60

転生人語 #035 ―捨てるほどの恋 ―

 人の恋路を邪魔するやつは……と昔から言われるが、時として信じられないことが男と女の間には起こる。周りの人も、どうしてあげればよいか悩ましいものだ。


 ***


「もしもし、すみません。いきなりお電話してしまって。あの、Nの妻です。ご無沙汰してます。彼はもう会社にいないのですか?」


 電話が転送されてきて出てみると、Nの奥さんからだった。


 僕は彼の上司として10年ほど前、二人の結婚式でスピーチをしたことがある。結婚式の前後には“打ち合わせ”と称して食事や飲みに行ったこともあり、声には聞き覚えがあった。


「もう席にはいませんね。18時前に帰宅したと思いますよ」


 腕時計を見ると19時半だった。


「そうですか……。実は彼、この半年、家に帰ってきてないんです」


「え、会社には毎日来てますよ」


 思わず声が出た。この半年、彼に変わった様子なんてまったく心当たりがなかったからだ。


「何も連絡ないんですか?」


「はい……」


 嫌な予感がした。


「明日、彼が出社したら連絡するように伝えますよ」


「はい、お願いします」


 電話を切って悶々としていると、さっき電話を転送してきた部下が近寄ってきた。


「今の、Nさんの奥さんですよね?」


「ああ、そうだよ」


「ちょっと、まずいっすよ」


 彼が言うには、半年前からNが駅前の英語教室に通い始め、そこで知り合った女性と付き合っているらしい。


 会社指定の英語教室なので、会社のメンバーも何人か参加しており、二人は噂になっているという。お相手はかなりの美人で、しかも会社の社長らしい。クラスで自己紹介を英語でするので、素性はすぐに広まったらしい。


 知らなかったのは僕だけかと思った。奥さんとも話してしまった手前、どう対処するか悩ましかった。


 翌日、Nが出社するとすぐ会議室に呼び出した。


「昨日、残業時間に奥さんから電話があったよ。連絡くださいって」


「はい」


 それ以上話す気配がなかったので、


「半年くらい家に帰ってないんだって?」


「そんなこと言ってましたか」


 少し間があり、腹をくくったように話し出した。


「離婚するつもりです。会社にはご迷惑を掛けません」


 これ以上はプライベートのことだから、いくら上司とはいえコメントするわけにはいかない。


「電話くださいって伝言だったから、電話してあげて」


 そう言って話を切り上げた。


 その夜、またNの奥さんから電話があった。


「伝言ありがとうございました。でも、私、困ってるんです。私から電話しても出てくれません。子供が3人もいるんです。養育費は送金するからなんとかしろって言われても……」


 ついに泣き出した。


 これは困った。相談されても、僕が助けてあげられることはない。奥さんの気持ちは痛いほど分かる。それにしても、3人も子供がいて浮気して離婚とは、Nもなんて大胆な男だ。


「役に立てなくて申し訳ない。なんとか二人で解決してほしい」


 そう言って電話を切ったが、なんとも後味の悪い騒動だった。


 その後、2年ほどしてNは退社した。転職ではなく、事業主になると言って辞めた。美人の社長さんと会社を経営するらしいという噂だったが、真実は分からない。


 Nと奥さんが離婚したのか、3人の子供たちはどうなったのかも分からない。


 あの時もっとお節介を焼いた方が良かったのかと、たまに思い出す。ただ、どんなお節介をしても結果は変わらなかっただろうとも思う。


 10年一緒に暮らした奥さんと3人の子供たちを捨て、新しいパートナーを選んだNの気持ちだけは、理解したかったと思う。


 そんなことは僕には起こるとは思えないけれど。


 ***


 そもそも、昔から“駆け落ち”なんて言葉があるくらい、男と女の間にはすべてを捨ててでも成就させたいと思う瞬間があるようだ。


 古い友人は今でも言う。


「今の奥さんに不満はない。だけどもう一度でいいから、狂おしいほどの恋愛をしたい」


読んで頂き、ありがとうございます。

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