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転生人語 ー紫の語りー 紫式部は現世も見て物語を書いていたのかもしれない!?  作者: 岩田 ヒロ
朧月夜(おぼろづきよ)

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好きになってはいけない相手

 恋というものは人の思い通りには進まない。寄り添って歩いているはずなのに、心だけは別の方向にそっと流れることがある。ほんのわずかなずれが、後に大きなずれになることもある。


 わたしはそういうずれを見つけるのが昔から得意だ。誰も言葉にしないまま隠している気持ち、かすかな温度差。そういうものがなぜか目に入ってしまう。


「彼女」の胸の奥でそっと押し込めた気持ちを、少し覗いてみよう。


 ***


 あの日、彼氏の会社の後輩くんに初めて会った。

「先輩の彼女、めちゃくちゃ綺麗じゃないですか」と彼が囁いているのが聞こえた。その言葉を聞いた時は軽く聞き流すふりをしたけれど、胸の奥で何かが小さく動いた。


 だめだよ、綾音(わたし)。こういうの無視しないと。


 心の中の良心がそう叫ぶ。でも、実はわたし、人から向けられた好意を必要以上に拾ってしまう癖がある。褒め言葉、視線、声。ほんの少しの好意でも察してしまう。その癖のせいで過去に何度か、誰かを傷つけたことがある。だからこそ、良心が必死に止めようとする。


 わたしには彼氏がいる。さっきの子は彼氏の後輩。


 ビールをついであげると、後輩くんは無邪気に笑って話しかけてくる。わたしは余計なことを言わないように努めた。それでも彼が彼氏を褒めたり、わたしのことも褒めたりするので、思わず言ってしまった。

「後輩くんって、優しそうだよね」


 あ、気を持たせてしまった。そう思って慌てて、

「先輩、いい後輩くんに恵まれたね」と彼氏に話を振った。

「だろ!」と脳天気に笑う彼氏に救われた。


 *


 数日後、彼氏と喫茶店で待ち合わせていたとき、忘れ物を後輩くんが届けに来ると連絡がきた。少し遅れるから、ちょっと相手してあげてと言われた。


 ちょっと待って。急いでメイクを確認したところに、後輩くんがガラス越しに現れた。


 あ、来た。


 やば、なんかキュンキュンしてきた。扉が開き、彼が店内を見回す。わたしと目が合った瞬間、少し照れたように笑った。


 そんな顔しないでよ。心の中でそっとつぶやいた。


「先輩、ちょっと遅れるって。ごめんなさいね、待たせちゃって」

 彼が困ったように笑ったので、

「コーヒー頼む? 奢るから」と声をかけた。コーヒーが来るまで他愛もない話をしたけれど、新鮮で、楽しかった。コーヒーが来ると同時に彼氏が到着した。もっと遅くても良かったのに、なんて思ってしまった。


 三人で話している間、彼は先輩の話に相槌を打ちながらも、ときどきわたしの方を見た。その視線に気づくたび、わたしの悪い癖が暴れる。


 だめだよ、綾音。これはだめ。


 わたしはコーヒーカップを持つ手に力を込めた。小さな痛みで、自分を落ち着かせた。


 *


 翌週、彼氏が言った。

「この前、綾音が“後輩くんって弟みたいで可愛い”って言ってたの、あいつに言っておいたよ」


 え、なんでそんなことを伝えたの。あれは線を引くために言った言葉だったのに。後輩くんには伝えてほしくなかった。でも、後輩くんはどんな顔でその言葉を聞いたんだろう。がっかりしたのかな。それとも……少しは気にしてくれた?そんなことを考えてしまう自分が、一番ずるい。


「あ、そう」


 彼氏には興味ないふりをした。本当は「どんな反応だった?」と聞きたかった。胸の奥で、後悔とほんの少しの期待がうずを巻いている。彼氏にはばれませんように。


 ***


 そもそも、恋というものは思い通りに進まない。誰かを好きになる気持ちと、誰かに好かれる気持ちが、うまく重なるとは限らない。


 綾音の癖は特別なものではない。こういった思い込みが人に行動を起こさせる。そして時に、好きになってはいけない相手を想ってしまうこともある。


 光の君も同じ経験をしている。彼には愛する女性がいた。けれど、ある日偶然にも、彼女が弟のように可愛がる青年に出会った。その青年は光の君を慕う若者の一人だった。

 光の君は二人を微笑ましく見ていた。けれど、青年がふと見せた寂しげな横顔に、胸の奥がかすかに痛んだ。


 こいつ、彼女のこと……


 気づいた瞬間、嫉妬とは違う重い感情が湧いた。光の君はその日、彼女を強く抱きしめた。


 青年は何も言わなかった。けれど、光の君は気づいていた。そして、彼女もまた気づいていた。三人の間に、言葉にならない少しのずれが生まれていることを。


 さて、次の機会には、綾音の彼氏の心でも覗いてみよう。


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