年上
六条御息所という女は、気高き品位と深い情を併せ持ちながら、その繊細さゆえに心の陰りを抱く人である。世に抜きん出た教養と美を備え、慎みを忘れぬ気質はまことに優雅だが、秘めた想いが満たされぬとき、その静けさは鋭い痛みに変わる。誇り高さと傷つきやすさが同居する姿は、物語の中でもひときわ深い影を落とし、忘れがたい余韻を残すのである。
男の子にとって年上という存在は、どうしてあんなに魅力的なのだろう。特に若い頃はなおさらだ。
***
高校二年のとき、僕は一つ年上の女の子と付き合うことになった。
きっかけは、彼女の「一緒に帰ろうか」という一言だった。それからほぼ毎日、学校を一緒に出て、彼女の家まで送っていった。たまに家に誰もいない日があると、部屋に上がらせてもらい、他愛もない話をして過ごした。
何を話していたのか、細かい内容はもう覚えていない。昨日見たテレビのこと、人気アイドルの話、学校の誰と誰が付き合っているという噂話。そんなことで盛り上がっていた気がする。
別に「年上が好き」だったわけではない。でも、同級生と比べると彼女はずいぶん大人びていて、いろんなことを知っていた。
彼女がつけていたリップの色や、制服の下に隠していたネックレスの輝きは、今でもふとした瞬間に思い出す。
十八歳と十七歳の一年差は大きい。心も体も、一年で驚くほど変わる。
今の僕は五十歳だが、五十歳と四十九歳の一年の差なんて、ほとんど誤差のようなものだ。
そう考えると、六歳と五歳なんて、もはや別人だ。だからあの頃の十八歳の彼女は、十七歳の同級生が持っていない何かを確かに持っていて、僕はそれに夢中だったのだと思う。
会うたびに、少しでも精神年齢で追いつこうと努力した。でも、結局は追いつけなかった。そして彼女の卒業式の日、僕たちは別れることになった。
最後に彼女はこう言った。
「いつまで変わらないでね」
その意味は、そのときの僕には分からなかった。
五十歳になった僕を、五十一歳の彼女が見たら、何と言うのだろう。
***
そもそも歳の差なんて、結果論にすぎない。たまたま好きになった相手が年上だっただけだ。中には一回り上や下の人と結ばれることだってある。
恋に変な制約をつけないほうがいい。昔から、ニュートラルでいるのが一番だ。
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