表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕たちにはエラがない  作者: あめのすけぞう
僕たちはときどき、うまく息ができない
9/21

8、落ち着かない君と私

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」


お盆に乗せたモーニングセットを運んでいる店員さんが声をかけてくる。

軽く手を上げた彼が、私を振り返る。


「いつもの席でいい?」

「うん」


うなずくと、彼は店の奥へ。

私もその後に付いて行く。


真鍮のペンダントライトが、やわらかい光をテーブルに落としている。

何度も来たこの店の景色は、見るだけで少しほっとする。


席に着くと、彼は私の前にメニューを開く。


「なんにする?」

「決まってるでしょ?」

「あのさ、たまには違う物を頼みたいときもあるだろ?」

「ないわ。私はいつもと同じがいい」

「そっか、わかったよ」


彼がまた手をあげる。

別のテーブルで、さっきお盆に乗せていたモーニングの配膳を終えた、店員さんを呼ぶ。


「気づいてないな」

「声かけなさいよ」

「えっ? 嫌だよ」


彼が私を見る。

私は手を上げた。


「すみません」


気がついた店員さんが、歩いてくる。


「僕はコーヒー、彼女にはカフェオレ、それから、フルーツタルトをひとつ」

「かしこまりました」


店員さんを見送って、彼は私を見た。


「悪いんだけど、資料を作ってもいい?」

「いいわよ」

「ありがとう。明日の会議で使うんだ」

「そう、わかったわ」


彼はカバンからパソコンを出すと、作業を始める。


「そろそろ春だね」

「ああ」

「今年もテラス席でお花見する?」

「いいよ。花粉症は薬で抑えるし」

「本当に? だけど、そんなこと言って、去年もたくさんくしゃみしてたじゃない」


カタカタ、カタ。


「そうだけど……たぶん今年は大丈夫」

「また涙目になるんじゃないの?」

「……ああ」

「そっか、今から楽しみね」


私が話しかけても、返事はない。

画面に向けた視線は、微動だにしない。


「……ほんと、こうなると何も聞こえなくなるんだから」


私は、小さく息を吐く。

 

「お待たせしました」

「ありがとうございます。全部、こちらに置いてもらえますか?」

「かしこまりました」


店員さんが、私の前にコーヒーとカフェオレ、フルーツタルトを置く。

コーヒーには、ミルクと砂糖をひとつずつ。

私のカフェオレにも、砂糖をひとつ入れた。


かき混ぜられたコーヒーとカフェオレ。

水面がぐるぐると回っている。

フルーツタルトは、みずみずしいフルーツを閉じ込めるゼリーの膜が、照明の光をキラキラと跳ね返す。


私は、カフェオレをひと口飲んで、フルーツタルトにフォークを入れる。

フルーツの間を縫って、濃厚なカスタード、それから、フォークを入れるとサクッと割れるパリパリのタルト生地。


「変わらない味、これがいいのよ」

「うん? どうかした?」

「ううん、コーヒーが来たわよ」

「ああ、ありがとう」


彼が顔を上げて、ひと口だけコーヒーに口をつけて、また作業に戻る。


カタカタ、カタ、カタ。


入り口から人が入って来て、店員さんが対応している。

少し遠くの席の奥さまたちが、ふふふと笑い合う。

隅の席の大学生が、資料を開いて顔をしかめる。

私はまた、フルーツタルトにフォークを入れる。

一口分だけ切って、そのまましばらく眺めた。


「よし、終わった」


彼はパソコンを閉じて、私を見た。


「ごめんな」

「謝らなくていいわよ」

「けど、いつも待たせてるからさ」

「大丈夫よ」

「そっか」


彼は、パソコンをカバンにしまった。


「あっ、あのさ」

「なに?」


私が首をかしげる。

彼は少し背筋を伸ばす。


「その……」


言い淀む。

それから、太ももをさする。

彼が手を伸ばして、触れたカップの中のコーヒーが揺れた。


「どうかしたの?」

「いや」


私から目線を外して、それから、自分の鼻を触る。


「なによ。そんなふうに濁されると余計に気になるわ」

「そうだろうけどさ」


そう言った彼は、キョロキョロと周りを見回す。

カフェはだいぶ席が埋まり、私たちの周りのテーブルにも人がいた。


「やっぱり、ここじゃ、あれだから、あとで話すよ」

「えっ?」

「その、軽く話すことじゃないから」


私も、キョロキョロと周りを見回す。

それに合わせて、彼がコーヒーに形だけ口をつける。

私は、目の前にある食べかけのフルーツタルトを見た。

なぜか手が出ない。


「もしかして、また距離を置きたいとか言うじゃないわよね?」

「えっと……」

「まだあの女と連絡取ってんの?」

「取ってない」


彼はチラッと周りを見る。

私はタルトにフォークを刺したまま、彼を見ていた。


「本当に取ってないって」

「じゃあ、なによ」

「ああ、もう、うまくいかないな」


一度頭を抱えた彼が、私を見た。


「大事な話があるんだ」

「改まって、どうしたの?」


鼓動が少し早くなる。


「何か問題でもあったの?」


私が首をかしげる。


「いや、そうじゃないけど」


彼は苦笑いして、頭をかく。


「じゃあ、どうしたって言うのよ」


私がゴクリと唾を飲む。

すると、彼の喉もゴクリと鳴った。


「もう、ずいぶん長いこと付き合っているだろ?」

「そうね」


彼が次の言葉を言う前に。


「嫌よ」


私は拒絶する。


「えっ?」


彼は目を見開いた。


「距離なんて置きたくない」

「だから、違うって」

「じゃあ、なによ」


私は口を尖らせる。


「えっと、だから」

「あの時だって、そんなこと言ってたじゃない」


彼が言葉に詰まる。


「どうせ、そういう話でしょ。そうやって、都合が悪くなるといつも後回しにするんだから」

「ちょっと、落ち着けよ」


彼が少し前のめりになって、私を止めようとした。


「……なんでよ」


胸がぎゅっと締まる。

フォークが皿に当たって、カチッと音を出した。


気づけば、私はフォークを持ったまま、立ち上がっていた。


彼はビクッと驚く。

そして、口を開けたままでこちらを見上げた。


他の席で配膳をしていた店員さんが、心配そうにこちらを見る。

気がつけば、周りのお客さんたちもみんな、私たちを見ていた。


「違うんだ、心配させてごめんな」


彼が立ち上がって、私の横に来る。


「えっ?」


その場に跪くと、上着のポケットから四角い小さな箱を取り出した。


カチリ、と小さな音がする。


口の中のタルトの甘さが消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ