表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕たちにはエラがない  作者: あめのすけぞう
僕たちはときどき、うまく息ができない
8/21

7、夕暮れ、影を追いかけて

夕日に照らされる道を僕は歩いている。


ズッ、ズッ、ズッ。


今日は、仕事でちょっと失敗した。


「なんで、こんなこともできないんだ」

「すみません」


僕は項垂れたまま、答える。


「ホウレンソウだって言ってんだろ?」

「はい」


上司がはぁと息を吐く。


「いつもはくだらないことまで聞いてくる癖に」

「すみません」

「本当にわかってんのか?」

「はい」


僕はまたうなずく。


「なあ、自分で考えるってのは、勝手にやることじゃねぇんだよ」

「はい」

「なんで俺まで部長に呼ばれなきゃなんねぇんだ」

「すみません」

「だから、俺はまだ早いって言ったんだよ」


上司がまた、はぁと息を吐く。


仕事が終わり、ガタゴトと電車に揺られて地元駅へ。


駅から出ると、少し気分を変えたくて、普段とは違う帰り道を選ぶことにした。

いつもはバスだけど、こんな日は歩いてゆっくりと帰ろう。


だけど、足取りは重い。

擦られる踵が、先ほどから文句を言っている。


ズッ、ズッ、ズッ。


駅から真っ直ぐ母校へと伸びる道。

赤々と街を照らす太陽。

まだ高い位置にあるはずなのに、影だけがやけに長い。


そんな長く伸びる自分の影を追いかける。

踵に蹴られた小石が、僕の影を追い抜いて、歩道の上を転がる。


コロコロ、コロ。


すぐに勢いを失って、止まる。


「しかし、久しぶりに通るけど……」


僕は小さく呟く。

見慣れていたはずのその道。

だけど、道の両脇に並ぶ店や民家は、ほとんど建て替わっている。

豆腐屋も、ふとん屋も、クリーニング屋もない。

あの頃と変わらないのは、歩道脇に立っている街路樹。

間隔を空けて立つそれが、風に吹かれて葉を鳴らす。


ざわざわ。


しばらく歩くとY字路に差し掛かった。


「おいおい、マジかよ」


そこにある馴染みのコンビニも潰れている。


「カサブタみたいだな」


僕は、内側からダンボールが貼られた窓ガラスに写る自分を見つめた。

疲れた顔。

思わず、クックックッと笑いが込み上げる。


部活帰りによく寄った。

店の横に自転車を並べ、ダルそうに店内へ。

カウンターのバイトが、決まり文句の『いらっしゃいませ』で迎えてくれる。

それぞれ、サッと買うものを済ませて店を出る。


「俺も焼きそばと迷ったんだよ」

「バカだな、ここは焼きそば一択だろ?」

「うるせぇよ」


手には思い思いのカップ麺。

自転車の前に座り込む。


「お湯捨てるのめんどくせぇ」

「じゃあ、そのまま食えよ。スープ焼きそば」

「えっ? いや、無しだろ? 無しだよな?」


誰かが、ぷはっと吹き出す。


「無しに決まってんだろ?」

「てめぇ、このやろう」


カップ麺を地面に置いて、笑いながらじゃれ合う。


「あんた達、遅くなる前に早く帰りなよ」

「「はぁ〜い」」


僕たちが座り込んだままで見上げると、腰に手を当てた店のおばちゃんが、にやりと笑う。


「よし、返事のできるあんたたちには、お姉さんからサービスよ」

「おお」

「うわぁ、すげぇ」

「ありがとうございます。マジで」


コロッケを一つずつもらった僕たちが喜ぶ。


「いつも遅くまで部活大変だね、頑張りなよ」

「「はい」」


そんなことを思い出していると、近くの街路樹の葉がまた、ざわざわと風に揺れる。

葉を照らす夕日が、さっきよりも少し傾いていた。


「……はぁ」


僕は息を吐く。


「冷めた面して、ろくに頑張りもせずに諦めたのか?」


ふふっと笑う。

ガラスに映る自分の後ろに、誰かの影が揺れた。


「あれ?」


声をかけられて僕が振り返ると、見覚えのあるおばちゃん。


「あんた」

「えっと……」

「もしかして、部活帰りによく買い食いしてた子じゃないのかい?」


ずいぶんと歳を取ったように見えるけど、声は変わってない。


「そうです。覚えてくれてたんですか?」

「もちろんだよ。とくにあんたたちは印象深いわ。よくアイス食べてた子たちだろ?」


おばちゃんが苦笑いを浮かべる。

僕は、はははと笑う。


「元気でやっているのかい?」

「はい」


思わず、あの頃みたいに返事をした。


「いい返事じゃないか、充実しているのかい?」

「いや……まあ」

「そうかい。あんたはまだ若いんだからさ。これからだよ」

「ありがとうございます」


僕は頭を下げた。

あの日と同じおばちゃんの笑顔。

僕は少し胸を張って、歩き出す。


カツ。


靴底が、乾いた音を立てた。


カツ、カツ、カツ。


少し歩いて、振り返る。

夕日が、立ち並ぶ建物のシルエットを燃やす。

空に浮かんだ雲に光。

その下で、黒い影となったコンビニが見える。


「あのカサブタも、取れる日が来るのかもな」


僕は深く頭を下げる。

足元で少し薄くなった影が、揺れている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ