19、強気な君、慎重な僕
「で、進路は?」
声をかけられて、僕は振り返る。
「いや、まだ……」
首を振る。
「あっそ」
彼女は短い言葉を残して、僕を追い越して行く。
いつもの背中。
サッ、サッ、サッ。
僕たちに踏まれるたびに、短い芝が小さな音を出す。
両サイドには林。
そこから大きく迫り出している枝。
彼女はそれを見上げた。
「まったく、邪魔ったらありゃしない」
「そうだね。もう少し整備してくれてもいいと思うけど」
「わざとでしょ、あの人、そういう人だから」
言われて周りを見る。
その枝以外は、きれいに切り揃えられている。
「こういうので、チクチク集中力を削ってくるのよね」
「まあ、そうだろうね」
僕が苦笑いを浮かべる。
彼女は、その枝を避けて歩いていく。
「だいたい、スーパーインテンダントって、なによ」
「役職だね」
「わかってるわよ」
そう言ったきり、しばらく黙って歩いていた彼女が、急に振り返る。
「あんた、もしかして、恥ずかしいとか思ってるの?」
「いや、違うよ」
「ふーん、だったらいいけど」
彼女が目を細めた。
「いい加減、希望出さないと外堀から埋められるわよ」
「外堀?」
「今度、三者面談があるでしょ?」
「ああ、あるね」
「あの先生、私にまでとりあえず大学に行っとけってうるさいのよ」
顔をしかめた。
「親が先生に説得されて、気づいたらとりあえず大学、なんてことになったら笑えないわよ」
「……それは嫌だね」
僕も顔をしかめる。
「じゃあ、なんでモタモタしているのよ」
「いや、まあ」
頬を掻くと、彼女はむすっと前を向く。
その背中を見ながら、僕も付いて行く。
林を抜けた先、開けた場所で、彼女が立ち止まる。
僕も少し後ろで止まり、その場に担いでいたバックを静かに下ろした。
「また、あの人は。本当にいい性格してるわ」
「そうだね」
「ここまで来て、このティーの位置を選ぶ? 普通」
「後ろギリギリだね」
僕はうなずいて、バックから取り出した飲み物を彼女に渡す。
「ありがとう」
「うん」
彼女が受け取った飲み物を飲んでいる間に、ズボンの後ろポケットからメモ帳を取り出した。
「どう?」
「うん、距離は少し出たけど、昨日と同じところで良いと思う」
「そう」
彼女が水筒の飲み口を咥えながら、メモ帳を覗き込む。
「左はずっとダメなのよね?」
「うん」
「でも、右に行くなら距離をださないと、セカンドのときにあの木が邪魔になる」
「うん、ここからだとできれば二百四十は欲しいね」
「りょうかい。今度、あの木、切ってやろうかしら」
彼女は、フェアウェイの中程に一本だけ立っている木を睨む。
「ダメだよ」
「冗談よ、バカね」
「本当に?」
「いや、やっていいなら、切るけど」
「まあ、邪魔だよね」
僕は、彼女の横顔を見ながらうなずく。
「まったく、なんであんなところに一本だけ残すのよ」
「仕方ないよ」
「わかってるわよ」
彼女が僕に水筒を返す。
それから、腕を引っ張るように抱えながら肩の後ろを伸ばした。
「少し疲れて来たわね」
「そうだろうね。だけど、あと少しだよ」
「わかっているわ」
彼女が腰に手を当てて、腰を回す。
「泣いても、笑っても、残りはあと二ホール。私は、私のやれることをやるだけよ」
「大丈夫さ」
「当たり前よ。そんなこと」
彼女は、その場でぴょんぴょんと跳躍して、バックからドライバーを抜く。
ヘッドカバーを外して、僕に投げてよこす。
「狙いは、バンカーの右横に置いてあるレーキからのドロー」
小さく呟いた彼女は、ポケットからボールとティーを取り出して、ティーグラウンドにセットする。
三歩下がって、後ろからもう一度方向を見定めた。
その場で二回、素振り。
ボールの横に立ってから、さらに二回。
ふーっと息を吐いて、ボールにクラブをセットする。
少しの間、静止。
それから、素振りを再現するように、思いっきり振り抜いた。
シュッ、ブォン。
クラブが風を切る。
ボールは低く飛び、狙い通りの弧を描いて、キャリーでフェアウェイを捉える。
それから、コッ、コッ、コッと跳ねて、コロコロと転がって行く。
「まあまあね」
「どこがだよ、これ以上ないさ」
「馬鹿ね、私はもっと上手くなるもの」
彼女はニヤリと笑うと、くるりと柄のほうに向きを変えたドライバーを、僕に渡す。
「どうなの?」
「だから、これ以上ないって」
「違うわよ」
彼女がぷいっと横を向く。
「迷いは吹っ切れたのかって聞いてんの」
「ああ。そうだね」
「それで?」
その問いに僕が答える前に、彼女はボールの方へ歩き出した。
芝が軽快な音を出す。
僕はドライバーをバックに戻して、その背中を追う。
「ちゃんと相談するよ」
「はぁ? まだ迷ってるってわけ?」
「いや、試合が終わってから言うつもりだったんだけど」
「なによ」
彼女が振り返る。
「僕はプロキャディとして、ずっと君の隣に居たい。どうかな?」
「聞かれるまでもないわ、答えはイエスよ。さっさと学校と親を説得しなさい」
また前を向いた彼女が、肩をすくめて見せた。
「わかったよ」
僕はその背を追う。
ゴルフを辞めた僕を、彼女がキャディに誘ってくれてから。
気づけば、いつも二人だった。
サッ、サッ、サッ。
きっと彼女は、僕が『ずっと』に込めた意味まではわかってない。
だけど、それでいい。




