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僕たちにはエラがない  作者: あめのすけぞう
それでも君が隣にいれば
16/21

15、落選の日のミルクティー

手元にあるスマホの画面には、ウェブ小説賞の受賞発表。

私の名前は、どこにもなかった。


「ねえ、聞いてる?」

「うん」

「そろそろ時間だけど?」

「……うん」

「三時に食べるって言ってたよね?」

「うん?」


スマホから顔を上げた私が見上げると、壁の時計は三時をだいぶ過ぎている。


「あっ、ごめん。今やるから」

「いや、忙しいなら、別に急がなくてもいいけど」

「ううん、夕飯が入らなくなるもんね。本当にごめん」


スマホを置いてキッチンに行く。

シンクの蛇口を捻って、ジャーっとケトルに水を入れる。


お湯が沸くまでの間。


ティーカップ二つと、お揃いのティーポット。

会社の先輩から貰った、ちょっといい茶葉。

蓋をあけると、ふわっと紅茶の香り。

すーっと吸い込む。

小さく笑う。

スプーンで二杯。


キッチンの横の冷蔵庫の中から、ケーキの入った箱を出す。


皿に、私のモンブランと彼のチョコケーキ。

部屋の方に顔だけ出して、彼を見た。


「またクマの顔のやつ買ったの?」

「うん、前にも言ったでしょ。三角のやつより、そっちの方がうまいんだよ」

「本当に?」

「本当だって」


彼が少し口を尖らせる。


「食べ比べればわかるのに」

「チョコケーキは苦手なの」

「知ってるよ。だからモンブランを買って来たんだ」

「ありがとう」


キッチンに戻ると、ケトルのお湯がポコポコと鳴いている。

カップとポットにお湯を入れて、ケーキを持って部屋へ戻る。


「残念だったね」

「……うん」

「こういうのって、意外と騒がれるんだね。なんか、ドラフトみたいだ」

「大袈裟」

「だって、プロになるってことだろ?」

「それは、そうかもだけど」


彼がふふふと笑う。


「最終選考に残る方にとっては、大事じゃない?」

「落選すれば、意味ないわ」

「そんなことないでしょ? だって、僕の好きなウェブ小説の作家さんもまだデビューしてないし」


言葉に詰まって答えられない。

代わりに。


「ちょっと待ってて」


私はキッチンに行く。

カップのお湯を捨てた。


紅茶の入ったティーポット。

コースターとティーカップ。

それから、砂糖とミルク。


テーブルに並べる。


「あっ」

「大丈夫?」

「うん、ティースプーンとフォークを忘れた」

「あのさ」

「なに?」


私は首をかしげる。


「僕が取ってくるよ」

「大丈夫よ。座ってて」

「だってさ」

「本当に大丈夫だから」


私がもう一度キッチンに行って、ティースプーンとフォークを持ってくる。


「少し休んだら?」

「えっ?」

「焦る必要なんてないよ」

「ダメよ。小説を書くって意外と体力が必要なの」

「そうだろうけどさ」


彼の前と自分の前にケーキと紅茶を並べる。


「正直に言うとね。怖いのよ」

「怖い?」

「SNSでは、受賞を喜ぶ声と、それを祝福する声であふれているでしょ?」

「うん」

「でも、私はそれを祝えない自分が、嫌になるの」


彼は何か言いかけて、やめた。

肩をふっと下げる。


「ほら、あれだよ。ああいうのってみんなポーズみたいなとこあるだろ?」

「ポーズ……」


私が彼を見つめる。

彼は肩をすくめる。


「本気なら悔しくて当たり前なんだよ。まあ、本気で祝えるお人よしもいるけどね」

「私は、悔しい」

「それでいいんじゃない?」


少しの沈黙。


カチカチ、カチ。


壁の時計だけが動いてる。


「さあ、食べよう。こういうときは休んで、おいしいものでも食べたほうがいいんだ」

「なにそれ」


私は口を尖らせる。


紅茶に砂糖とミルクを入れて、一口飲む。

それから、モンブランの頭頂部にフォークを刺す。


「おいしい」

「そこから行くの?」

「いつものことでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「あなただって、クマの顔にフォークを刺しているじゃない」


彼の前のクマの顔が、少し欠けている。


「これは、仕方ないだろ?」

「こっちも同じよ。どこから食べても、結局はみんな食べるんだし」

「まあ、そうか」


彼が自分のクマを見てる。


「もうやめようかな」

「えっ?」

「何度やっても無理。折られるたびに短くなる自尊心は、もうマッチ棒ほどよ」

「でも、まだ残っているってことだろ?」


私は手元にあるティーカップを見る。

ミルクティーが揺れた。


「本当にやめられるの?」


今度は答える。

小さな声で。


「……わからないわ」

「高校のころから、ずっとやってきただろ?」

「そうね」

「前に、すぐに結果の出ることじゃないって言ってたじゃないか」

「うん」


うなずくたびに、ミルクティーが揺れる。

ゆらゆらと揺れる水面を見つめて、一口飲む。

ミルクティーの甘さ。


「ひたすらに書いてきたわ」

「そうだね」

「書いて、推敲して、消して、また書いて、それで、また振り出し」

「落選したからって、振り出しには戻らないだろ?」


彼がまた、クマにフォークを刺す。

頬はすでに削り取られている。


「また、真っ白」

「真っ白?」

「もうバカみたい。そうでしょ?」

「うーん、書いてない僕にはわからないけど」


彼はカリカリと頭を掻く。


「まあ、しんどいよね」

「きっと、書くことに依存して、穴の開いたバケツを満たそうとしているんだわ」

「えっと……」


彼が言い淀む。

それからまた。

頭を掻こうとして、やめる。

自分の手を見てる。


「それは、なにか埋めている感じ?」

「そうかもね」

「ああ、もう。みんないろいろ犠牲にしすぎだって」


顔をしかめた。


「ねぇ、聞いてる?」

「……うん」

「だけどさ、君は違うよね? 確かに睡眠や、心は削っているかもしれないけど」

「違うのかしら」

「じゃなかったら、僕と付き合ってくれなかっただろ?」


答えない私に、彼は続ける。


「今日だって、断ったってよかったはずだよ。それでも、会ってくれるのは、いい彼女を演じるだけのポーズ?」

「……違うと思う」

「じゃあ、なにさ」


彼がほほえむ。

それが悔しくて、私は頬を膨らます。


「本当に私は誰かに届けたいのかな。自分が満たされたいだけじゃないの?」

「別に、それでもいいんじゃない?」

「えっ?」

「書いた人の動機なんてさ、読者には関係ないと思うよ。面白ければ読むし、面白くなければ読まない。それだけでしょ?」


彼はまた、クマの顔にフォークを刺す。


スポッ。


口と鼻あたりが削り取られる。

なぜか、少しだけ息が詰まる。


「確か、いま流行っている小説の作者は、困窮していてお金が欲しかったと言っているのをどこかの記事でみたよ」

「そうなの?」

「うん」

「……なんか、ごめん」

「別にいいよ」


視界が少し滲む。

フォークを持つ手に力が入る。

スマホに目が行く。


「私、ほんとバカだね」

「うん」

「そこは否定してほしいんだけど?」

「でもさ、これって少し脚色すれば、小説のネタにならない?」

「えっ?」

「なるべくなら、すごく優しい彼として書いてもらえるとうれしいんだけど?」


彼が首をかしげる。

私は思わず、彼と笑い合いながら、泣いてしまった。


ミルクティーが、まだ少し揺れていた。


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