14、月の待つ間に
僕は窓を開けた。
すーっと風が入ってきて、カーテンが揺れる。
大きく揺れて、小さく戻る。
残念ながら月は見えない。
薄い雲に隠れている。
僕が来るのが遅かったから、へそを曲げたのかもしれない。
それでも、雲が薄くなった場所から月の光が淡く漏れている。
「顔を出すかな」
僕は聞く、月に。
せっかくだから待ちながら、今日の帰り道で、友達の女の子と話したことを考えてみた。
「本当にあなたは、他人に興味がないのね」
「だって、意味ないでしょ?」
「意味がない?」
「どうせ、僕の前を通り過ぎて行くだけの人たちじゃないか」
僕は振り返ると、彼女がすっと目を細める。
「それって、本気で言ってるの?」
「本気だよ」
少し後ろにいた彼女が、僕に並ぶ。
「家族以外の他人は、みんな一緒さ」
「あのね、じゃあ、その家族ってのは、どうやって出来るわけ?」
「えっと……」
「他人同士が結婚してできるのよ」
彼女が呆れ顔になる。
「でも、一度会ったきり、二度と会わないかもしれないよ」
「まあ、そういう人もいるかもね」
信号が赤になり、僕たちは立ち止まる。
そんな僕たちの前を車がさーっと流れていく。
「だからこそ、何度も会って仲良くなっていけば良いじゃない?」
「学校の奴らにはいつも会ってるよ」
「仲良くするつもりはないようだけどね」
「まあね」
僕はうなずく。
「なんでそこまで頑ななの?」
「僕は……」
少し考えて。
「いや、なんでもない」
「なんでもない?」
「僕には、友達なんて必要ないよ」
信号が青になった。
ピッポ、ピッポ、ピッポ。
信号機が出す音に合わせて、僕は歩き出した。
だけど。
彼女がついてこない。
僕は振り返る。
「本当にいらないの?」
「いらない」
「なんで?」
僕は答えず、そのまま歩き出す。
カツ、カツ、カツ。
「ねぇ」
「早く渡らないと赤になるよ」
ピッポ、ピッポ、ピッポ。
僕が早足になると、彼女は少し小走りで追いかけてくる。
そして、二人で横断歩道を渡り切った。
ピッポ。
「中学で何があったの?」
「……何もない。ただ友達ってやつを作って、そいつらに裏切られただけだよ」
「だからって、高校では友達を作らないつもりなの?」
「ああ、そうだよ」
僕が言い切ると、彼女は顔をしかめた。
二人で黙って歩く。
カツ、カツ、カツ。
車が僕たちを、追い抜いていく。
さーっと。
「あのね」
「なに?」
「思い出させて、ごめんね」
「……別に、気にしてない」
「嘘でしょ?」
「まあね」
僕がチラッと彼女を見て、視線を前に戻す。
「なんか、難しいね」
「なにが?」
「良かれと思って言ったのに、結局あなたを傷つけた」
「気にしなくていいよ。僕のことを気にかけてくれるだけ、ありがたいから」
彼女は涙目で、僕を見た。
「だって……」
「仕方ないよ。僕たちは、互いに傷つけ合いながら、少しずつ大人になっていくんだろ」
「なにそれ?」
「一応、フォローのつもりだけど?」
彼女がぷっと笑う。
「でも、ありがとう」
「どういたしまして」
「あ〜あ、早く大人になりたいね」
「どうして?」
「大人なら、いちいち小さなことでへこんだりしないでしょ?」
僕が首をかしげる。
「そんなことないでしょ?」
「うちの父さんは、どんなことにも動じないよ」
「そうなの?」
「……うん」
彼女は少し笑う。
「憧れているの?」
「違うわよ」
「本当に?」
「まあ、私たちはみんな、何者かに憧れているよね?」
「そうだね」
僕がうなずくと、彼女がほほえむ。
その横顔が余りにも優しくて、僕はドキリとした。
僕は、言葉を続ける。
「いつか、僕もなれるのかな?」
「なれるんじゃない?」
「本当に?」
「なれるわよ。なりたいと思い続けていれば」
彼女がふふふっと笑う。
「なんてね」
「なんだよ」
「でも、諦めない者にしかチャンスは来ないって、誰かが言ってたよ」
「それ、聞いたこと、ある」
再び、交差点に来た。
青信号がカチカチ、カチと点滅して赤になるから、僕たちは立ち止まった。
僕たちの前を流れていく車を眺める。
白や黒、グレーに、それから、赤。
通りの向こうには。
買い物袋を下げた女の人。
スーツ姿の男性。
高校生のカップル。
「あのね」
「なに?」
僕は彼女を見ずに、聞く。
「私は諦めないわ」
彼女は、青になった横断歩道を歩き出した。
僕は後について横断歩道を渡る。
ピッポ、ピッポ、ピッポ。
渡りきった後で、彼女はピョンと弾むように振り返って首を傾げる。
「あのさ、私と付き合ってみない?」
「えっ……」
「ああ、あ、すぐに答えなくていいよ。待てるから」
「うっ、うん」
そんなやり取りを思い出したところで、雲の切れ間から月がこちらをみていた。
満月で、その表面にはっきりと逆さまなウサギが見える。
ウサギは、あそこで餅つきをしているそうなのだが。
さすがは無重力、ずいぶんとトリッキーなつき方だと思う。
僕はふふっと笑う。
だけど、くだらない事を考えて思考を切り替えようとしても無駄だった。
『私と付き合ってみない?』
家に帰って来てからずっと、その言葉だけが、僕の頭の中でリピートしている。




