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僕たちにはエラがない  作者: あめのすけぞう
僕たちはときどき、うまく息ができない
14/21

13、西日の進路指導室

放課後の進路指導室。

小さな窓から西日が差し込んでいる。

窓の手前の棚に置かれた物が、影を長く伸ばしていく。

僕は椅子に座り、その様子をぼんやり眺めていた。


進路指導室は狭い。

準備室だったような部屋の真ん中に、机が二つ、向かい合って置かれている。

それは、テレビで見た取り調べ室みたいだった。


「本当に、やりたいことはないのか?」

「特にありません」


この部屋では、取り調べみたいなことが行われている。

だから、取り調べ室と言って間違いじゃないのかもしれない。

書記官と、監視カメラがないだけ。


「なんかないのか?」

「はい」

「あのな、誰にだってやりたいことぐらい」

「そう言われても……」

「いや、夢とは言わないが、普通あるだろ?」

「ありません」


進路指導の先生が、腕を組む。


「さっきの生徒みたいに夢を見過ぎなのも困るが、夢がないのも困るな」

「ああ、あの子はアイドルになりたいんですよね」

「そうなんだよ。まあ、芸能界に憧れるのはわかるけどな」

「親に反対されているんですよね?」


先生は顔をしかめた。


「それなんだよ。まあ、俺は親御さんが心配するのもわかるからな」

「なんて言ったんですか?」

「今の時代、アイドルもバカじゃできないから、とりあえず大学に行けと言った」

「とりあえず?」


僕は首をかしげる。


「仕方ないだろ?」

「そうなんですか?」

「俺は親御さんの希望に沿ってだな」

「先延ばしにしたんですね」

「ああ、言葉は悪いがそういうことだ」


先生がガシガシと頭をかく。

勢いでメガネが少しズレた。


「失望したか?」

「いえ」

「じゃあ、なんだ?」

「僕には、そういうこと言わないんですか?」


先生が頬を引きつらせる。

ズレたメガネを直す。


「お前は、とりあえずで大学に行きたいのか?」

「いえ」

「だろうな。俺だって、そんな言われ方されたら、『はいそうですか?』なんて言わない」

「彼女は言わなかったんですか?」


先生は、はぁとため息。


「いや、『わかりました』だってさ。なんでも好きなアイドルグループのひとりが、クイズ番組で活躍しているらしい」

「ああ、いますね。そんなアイドル」


僕が曖昧にうなずく。


「世の中は本当に変わるよな。俺たちのころは、わざとバカなふりしてたのに」


先生も同じような表情になった。


「いくつでしたっけ?」

「三十六だよ。この前までひよっこ扱いされていたのに、気づけば中堅だ」


答えた先生が、ハッと目を開いた。


「俺の話はいいんだよ。問題はお前さんの進路だろ?」

「そうですね」


先生は手元の資料を見た。


「好きな科目はどうだ?」

「ありません」

「得意な科目は?」

「ないですね」

「だろうな。いや、逆に聞くが、どうやったらこんなに平均ばかり取れるんだよ」

「わかりません」


先生がニコニコ笑う。

だけど、メガネの奥の目はまるで笑っていない。


「怒ってます?」

「怒るわけないだろ?」

「いや、怒ってますよね?」

「なんで俺が怒るんだよ。話を聞いているだけだぞ」


先生が、無理やり口角を引きあげる。


「我慢は体に悪いですよ」

「誰のせいだよ。誰の?」

「えっと……」

「お前さんのせいだよ。まったく」


先生が天井を見上げる。


「趣味とかはどうだ?」

「ありません」

「ゲームとかやらないのか?」

「ほとんどしません」

「そうか」

「やると言えば、年末に『人生ゲーム』ぐらいです」

「まさかのボードゲーム。スマホのゲームじゃないのか?」

「親戚とやると面白いですよ」


先生が、僕に視線を戻す。


「おお、そうなのか?」

「はい、あれって人の性格がよく出るので面白いんです」

「やめてやれよ。人には知られたくない本性もあるんだ」

「先生にもありますか?」


先生がくいっとメガネを直す。


「知りたいのか?」

「いや、別に……」

「そこは知りたがれよ」

「なんか、すみません」

「謝るな。余計に惨めにやるやつだぞ、それ」


先生は、ガックリと音が出そうな勢いで、肩を落とす。


「おつかれですね」

「まあな。じゃあ、本とか読まないのか?」

「ああ、本は読みますよ」

「おお」

「アニメも見ますけど、仕事にしたいとは思いません」

「なんでだよ」

「だって、ブラックだって言うじゃないですか?」

「確かにな」


先生はメガネを外して、手で目を覆う。


「焦ったりしないのか?」


つぶやいて、そのままで首を振る。


「周りはみんな目標や夢があって、それに向かって行くのに、自分は置いていかれているとか思わないのか?」

「ありますよ」

「あるように見えないんだよ」

「そうですか?」


先生がメガネをかけ直して、僕を見る。


「なんと言うか、冷めているというか、やる気を感じないというか……」

「よく言われます」

「だろうな」

「でも、焦りはありますよ。僕もこのままじゃ、いけないとは思います」


僕は、少し眉を寄せる。


「でも、好きなものはないし、何をすればいいのか、わからないんです」

「そうか」


先生は、コクコクとうなずく。


「でも、まあ、焦るな。人生はゲームじゃない。お金を多く集めたやつが勝ちでも、早くあがったやつが勝ちでもないんだ」

「おおぉ」

「なんだ?」

「うまいこと絡めましたね」

「あのなぁ」


先生が呆れ顔になる。


「だけど、そういうものかもしれないな」

「そういう?」

「夢を持てるやつばかりじゃないってことだ」


先生は、顔をしかめた。


「思えば俺も、お前さんの歳の頃は、夢なんて持っていなかった。いきなり夢を持ってと言われても、わからないよな」

「先生はどうして先生になったんですか?」

「あぁ、俺が高校の時の進路指導の先生が、最後まで根気よく話を聞いてくれてな、こう言ったんだ」


まずは大学に行って毎朝決まった時間に起きる。


朝食前に着替えを済ませて、出かける準備をする。それから、決まった時間に、決めた量の食事を取る。


電車にも決まった時間に乗って、学校はもちろん決まった時間までに到着する。


なるべくクラスメイトには、きちんと大きな声で挨拶をして、授業前に、次の授業の用意をきちんとしておく。


「それって?」

「あぁ、当たり前と思われることをきちんと当たり前におこなえってことなんだけどな。実はさ、これがすごく難しいんだ」


僕はうなずく。

なんとなくだけど、わかる気がした。

明日から全てきちんとやれと言われても、出来ないと思う。


「まあ、俺も忘れてたし、受け売りだけどな」


先生はまたメガネを外して、眉間を揉む。


「何が言いたいのかと言うと、世の中の当たり前なんてものは、たいがい難しいもんだ」

「そうみたいですね」

「だから、焦るな。夢を持っているのが当たり前なんかじゃないし、持ってないのが悪いことでもない」


先生は、僕を見た。


「まだ入試まで時間もある。俺も付き合ってやるから、学校探してみるか?」

「はい」

「まずは、夢を見つけるために、大学でも、専門学校でもいい、行ってみたらどうだ?」

「とりあえずですか?」

「ちげぇよ」


先生は、はぁっと息を吐く。


「だけど、俺もすっかり大事なことを忘れていたよ」

「そうなんですか?」

「ああ」


先生は少し頭をかく。

机の上の、さっきまで開かれていた進路資料は、もう閉じられていた。


「初心忘れるべからずだな」

「そうですね」

「お前さんは、そういうところだぞ。まったく」


先生が笑う。

だけど、笑った先生の頬は、今度は引きつっていなかった。

窓から差し込む西日が、机の上までゆっくり伸びてきていた。


ここまでが二章となります。

読んでいただき、ありがとうございました。


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