12、止まらない帰り道
部活帰り、彼が石ころを蹴飛ばした。
石はアスファルトの上を不規則に跳ね、それでもコロコロと転がっていく。
どこまでも。
「あぁ、めんどくせぇな」
彼は転がっていく石を睨む。
「どうかした?」
僕は首をかしげた。
日が落ちた薄暗い闇の中で、彼は僕を振り返る。
それから、ため息を吐く。
「さっき、俺だけ顧問に呼び出されただろ?」
「うん」
「あいつ、もっと真面目にやれってよ」
彼が肩を落とす。
「やってるっての」
「そうだね」
「ちょっとミスしたぐらいであんなこと言われるとさ」
彼はまた歩き出す。
僕も付いていく。
「だいたい、自分でやってみろってんだ」
「まあ、あのお腹じゃ無理だろうね」
「そうだろ?」
「でも、学生時代はすごかったらしいじゃん」
僕が言うと、彼はまた振り返る。
「それだって、あいつが言ってるだけだろ?」
「まあ、僕たちが見たわけじゃないね」
「武勇伝なんて、面白くねぇっての」
「あの人が、全国に行ったのは事実だよ」
「そこなんだよな。結局、その事実があるから、俺もしぶしぶ従ってんだ」
彼が肩を竦める。
「僕たちも全国に行けば、黙らせられるんじゃない?」
「それは、無理だろ?」
「なんで?」
「ムキになるなよ」
「なってないよ」
歩いている僕たちを、スポットライトみたいな街灯が浮かび上がらせる。
「現実を見ろ、県内だけでどれだけ強豪校があると思ってんだ」
「彼らから見れば、僕たちもそうでしょ?」
「おいおい、おい」
彼は降参っていうみたいに両手をあげる。
「全国なんて目指して頑張っても、ガッカリするだけだぞ」
「本気でやって負けるのが怖いの?」
「怖かねぇよ」
「じゃあ、なんだよ」
「……去年、泣いてただろ」
彼は空を見上げた。
僕も見上げると、街灯の横には、月がひとり。
ただ静かに、こちらを見ている。
「バカみたいに頑張ってたよな」
「そうだね。部長なんていつも残ってまでやってたね」
「あれな。だけどな、本当にすごいのは副部長だよ」
「えっ?」
「あの人、他のやつらに努力しているところを見せないで、帰ってから走ってたよ」
「そうなの?」
僕が驚いたことに気を良くして、ウンウンっとうなずくと、両手を頭の後ろで組んで再び歩き出す。
「知らなかっただろ?」
「だって、チャラチャラしているように見せてたじゃないか?」
「それな。いつもマネージャーと先に帰ったけどさ。東スポーツセンターあるだろ?」
「東スポで走ってたの?」
「そうだよ。街灯の少ない外周をランニングする姿を見たとき、俺は目を疑ったよ」
彼はふふっと、笑う。
「彼女のマネージャーに聞いたらさ。内緒にしてあげてって」
「しゃべってんじゃん」
「もう時効だろ?」
「あのさ」
「どうせ、会ったらその話になるだろ。先輩たちは知ってたし」
彼は顔だけ僕を見た。
「先輩たちが気づかないわけねぇんだよ。練習や試合になれば、チャラチャラしたやつの動きじゃなかったし」
「確かにそうだね。まったく騙されてたよ」
「そんな人たちがさ、たった一つのミスで負けた」
彼はまた空を見上げた。
「結果がすべてだって、わかってるけどな。あの人たちがプロになれないなんて」
「だからって、真面目にやらないの?」
「やってるよ」
彼は空につぶやく。
「やってないふりしてるだけだ」
「彼女、期待しているもんね」
「あっ、あいつのことはいいんだよ」
「小学校からの約束なんだろ? 全国に連れて行くって」
「……なんで、知ってんだよ」
前から走ってきた車が僕たちを照らすから、僕たちは道の端によけた。
それから、彼が僕を睨む。
「小学校のころは、あいつの方が俺よりうまかったよ」
「そうみたいだね。僕は隣の市のクラブだったけど、彼女の噂は聞いてたよ」
「ほんとうまくてな。だけど中学にも、近くの高校にも女子サッカー部なんてないし」
「うん」
僕がうなずくと、彼が首をかしげた。
「あいつのほうが才能あるんだよ。なのに、使う場所がない」
「そうだね」
「理不尽だよな。世の中ってさ」
彼がまた、落ちていた石を蹴る。
だけど石は、今度はほとんど転がらずに道路脇の溝に少し跳ねて止まった。
「でもさ、お前も頑張ってるよな?」
「まあね。僕にも夢があるから」
「プロか?」
「そうだよ。そのために十年以上頑張ってきたんだ」
僕は笑って続ける。
「先輩たちだって、まだ諦めてない」
「大学か」
「その先は、リーグに昇格してない地域クラブなんていくらでもあるし」
「そこまでか?」
「才能がないなら、努力するしかないよ」
僕が彼を見た。
「諦めるのはいつでもできるだろ?」
「大人かよ」
「いや、父さんからの受け売り」
「受け売り?」
彼が首をかしげた。
「僕も去年、同じようなことを父さんに言ったんだよ」
「なんだよ」
「僕は、ひと足先を進んでいるってわけさ」
「けっ、すぐに追いついてやる」
彼はまっすぐ前を見た。
暗がりを、道路の脇に並ぶ民家から漏れ出た光が、ところどころ照らしている。
「誰だって不安なんだってさ。きっと僕たちのライバル校のやつらも」
「そうだよな」
「きっと彼女も不安だと思うよ」
「わかったよ。やる気のないふりはやめる」
僕がニヤニヤと彼の顔を覗き込むと、彼はあからさまに慌てた。
「ちっ、違うからな」
「なにが?」
「俺たちはそういうんじゃない」
「あっそ、じゃあ、僕が狙ってもいいんだね」
「なっ、何言ってんだ」
「彼女、かわいいもんね」
「認めないぞ、いくらお前でも俺は絶対認めないからな」
彼は目を見開いて立ち止まった。
体を硬くして、頬を引きつらせる。
僕はそんな彼を置き去りにして、彼を振り返る。
「どうするかを決めるのは、彼女でしょ?」
「それは……」
「取られたくないなら、君もいいところを見せるしかないんじゃないの?」
「くっそ。見てろよ。やってやるからな」
彼が肩をいからせて、ガシガシと歩いて行く。
僕はその背中を見ながら、ふふと笑う。
「まったく、世話が焼けるよ」
「なんか、言ったか?」
「言ってないよ」
「じゃあ、笑うんじゃねぇ」
「それは、僕の勝手でしょ?」
僕は言い返してから、彼を追いかける。
「よし、明日から勝負だな」
「あぁ、悪いけど負けないよ」
そんなことを言いながら、思わず笑いそうになって、頬が引きつる。
そこで、彼に並んだ僕は、横を歩く彼を見た。
「どうした?」
「なんでもないよ」
「なんだよ」
彼が、また石ころを蹴飛ばす。
石ころはアスファルトの上を不規則に跳ねながら、それでもコロコロと転がる。
どこまでも、コロコロと。




