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僕たちにはエラがない  作者: あめのすけぞう
僕たちはときどき、うまく息ができない
11/21

10、僕たちにはエラがない

僕はパジャマのまま、ベッドに寝転んで、ぼんやりと天井を見上げていた。


いつもの場所には、クラゲみたいな、丸いシーリングライト。

開けっぱなしの窓から風が入る。


ふわっ。


カーテンが揺れるたび、白い天井に、ゆらゆらと光が揺れる。


きら、きら。


まるで水の底から水面を見上げているみたいだ。

といっても僕は、海の中から水面を見上げたことがない。


だから、きっとこんな感じなんだろうな。という想像。


僕たちは、ときどきこうやって、自分の中にきれいなものを作り出す。


昨日見たもののせいだろうか?


夕暮れの教室。


ケラケラ、ケラケラ。


廊下にまで、笑い声が漏れている。

教室の入り口で、僕は立ち止まる。


大きな窓から差し込むオレンジの光。


バサッ。


窓から入る風が、カーテンを揺らす。

その前で、あいつと彼女が話していた。

楽しそうに。


その瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。


顔がひきつる。

息が詰まって、足が動かない。


ハッと表情を変えた彼女が、僕に気づいた。


「違うの」


そう言った。


でも……。


何が違うの?

あんなに楽しそうだったのに?

誰かに見られて、恥ずかしくて。

とっさに出た言葉だったんだろう。


……本当に?


タッ、タッ、タッ。


続きを聞くのが怖くて、僕は逃げた。


それなのに……。


ブルッ。


スマホが震える。


またあいつからのLINE。

昨日からずっと続いている。


『違うんだ』

『ちゃんと話を聞け』


全部、既読スルー。

言い訳なんて聞きたくない。

いや。

現実なんて、突きつけられたくない。


まだ夢を見ていたいんだ。


海の底にまで届く光を見上げて、その先を夢見る魚のように。


また震える。

ブルッ。

画面を見る。


『いつもの公園で待っている。来ないときっと後悔するぞ』


意味深な一文。

そんな言葉に、ほんの少し期待してしまう自分がいる。


本当に、救えない。


はぁ……。


大きく息を吐く。

すう、と鼻から空気を吸い込む。

新しい空気で胸が膨らむ。


クジラのブロー。

あんなにダイナミックじゃないけど、たぶんそんな感じ。


僕たちにはエラがない。

だから、ときどき息継ぎをする。


すぅ。

はぁ。


こうしていると、少しだけ。

胸の奥が静かになる。

海面に浮いていたペットボトルみたいなものが、ゆっくり沈んでいく。


深く。

深く。

海の底みたいな場所へ。


きっと。

そっと。

僕の底の大きな貝の中に。


僕は体を起こした。

ベッドが小さくぎしっと鳴る。


着替えて、部屋を出た。


公園は思ったより静か。


キィ、キィ、キィ。


風にブランコが揺れる。

広場の端のいつものベンチ。

日が傾いて、少し薄暗い公園の街灯に照らされている。


そこに、彼女が座っていた。

うつむいている。

膝の上で、手をぎゅっと握っている。


僕は無理に笑顔を作る。

少し頬がひきつる。

だからきっと、ひどい顔になっている。


ゆっくり近づく。

いや、足がなかなか前に出てくれない。


一歩。

二歩。


ズッ、ズッ、ズッ。


きっと後から、あいつも来る。

二人で謝るつもりなんだ。

そんなことは、わかってる。


それでも。

鼻の奥がツーンとする。


「あいつはまだ来てないの?」


ちょっと離れたところから僕が聞く。

思っていたより、ちゃんと声が出た。


彼女は顔を上げずに首を振った。


「来ないよ」


少し間が空く。


キィ、キィ、キィ。


うみねこみたいに、ブランコだけが鳴く。


それから、静かに続けた。


「話があるのは、私なの」


彼女が立ち上がる。


一歩、近づく。

二歩、近づく。


そして。


彼女が顔を上げる。

僕を見上げる。

泣き腫らした目。


それを見た瞬間、呼吸が止まった。


彼女はまだ何も言ってないのに。


キィ、キィ。


気づいたら、僕の目に映る彼女が揺れている。

だから。

海面から顔を出すみたいに、空を見る。


すぅ。


鼻から大きく息を吸う。


僕たちにはエラがない。

だから、こうして、息を継ぐ。


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