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ゴゴ  作者: しいな ここみ


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8/9

罠

 オレは屋敷の横を抜け、前庭へ出た。

 アーミティアスの匂いが消えた。

 門の前には誰もいなかった。


 直感した。

 罠だ。


 急いでミアのところへ戻った。


 悲鳴が遠くで聞こえた。

 オレの名前を呼ぶ、少女の悲鳴──!



「さぁさぁ、お嬢様、帰りましょ」


 オレが戻ると、見たことのない人間がそこにいた。

 背が高い、白いスーツを着た、臭い、臭い……臭い人間だ。

 そいつに羽交い締めにされてミアが嫌がってる。


 オレが飛びかかろうとすると、その間にアーミティアスが立った。

 やはりコイツの罠だった。ニヤニヤしている。


「あらら。ほんとうにライオンなのね。ライオンがこんなとこにいるなんてねェ」

 臭い人間が言った。

「アーミちゃんや手下どもから聞いてた通り──。怖いわぁ……。あたし、ジャングル臭いのとかサバンナ臭いのとか苦手なのよね」

 女みたいな喋り方だが、声は男だ。


「オマエ、何だ」

 そいつにオレは聞いた。

「男か、女か? その嫌すぎる匂いはなんだ?」

 その答えはどうでもいい。オレが続けざまに質問をしたのは、だからだ。

「ミアをどうする気だ」

 これだけ聞きたかったのだ。


「やだ! ほんとうにこれ、喋るライオンなのね!」

 びっくりした顔をしてから、そいつは答えた。

「もちろんおうちへ連れ戻すのよ。この子のおうちはここじゃないものォ」


「連れ戻して、か弱い女の子を、みんなで寄ってたかって喰らう気だろう?」


「そんなことしないわよォ。あたしたち、あんたと違ってライオンの化け物じゃないものォ」

 笑うと臭さが倍増する。

「ただこの子にこの世にいられると邪魔ってだけよ」


 わかった。この臭さは柑橘系の匂いだ。

 オレの大嫌いな匂いをコイツは全身にまとっている。香水とかいうやつか。

 ミートパイなら大好物だが、アップルパイは匂いを嗅いだだけで吐きそうになってしまう。オレがコイツに近づけないのは、だからだ。


 しかしミアをこの世からいなくするのはだめだ。匂いの壁を突破して、コイツから引き剥がさなければ。

 それでオレの顔が臭さに歪んでおかしくなってもいい。ミアもきっと笑ってくれる。


 しかし額にツノをもつイケメンがそれを許さなかった。


「アーミ……。どけ」

 臭さに顔を歪めながら、オレは唸った。

「なぜこんなことをする?」


「あれ? 知らなかったかな?」

 アーミはニコニコしながら、言った。

「私は退屈が嫌いなのだよ。あの島のような、何もない退屈が。だからいつでも面白い物語に飢えている」


「アーミちゃんて面白いのよ〜」

 臭い人間が笑う。

「ミアちゃんの居所を教えてくれて、手引きしてくれて、ライオン退治もしてくれる──それなのにこんな大仕事の報酬がたった千円でいいんですって」


「私は基本的に群れないんですけどね」

 アーミが背中越しに臭い人間の名前らしきものを口にした。

「ポーカーフェイスさん、あなたはなかなか面白い人間だ。コンビを組んでもいいと思っている……なんちゃって」


 何が面白いのかわからない。

 ポーカーフェイスとアーミが揃って大笑いをはじめた。

 臭さと嫌な気分で気が遠くなりそうだ。


「ゴゴ!」

 ミアの泣き叫ぶような声に我に返った。

「家に帰りたくない! 一緒に島へ連れてって!」


「あんな何もない島に人間が住めるものか」

 アーミが笑いを止め、憎々しげに呟く。

「この私でも居られなかったというのに」


 油断しているアーミの横を、オレはすり抜けようとした。

 臭さがたまらん。しかし、ミアを取り戻すためだ。


 オレの肩を激痛が襲った。


「物語の邪魔をするな、ゴゴ」


 一角獣の長いツノが、オレの肩を貫いていた。

 ふりほどき、構わずミアのところへ走ろうとするオレの背中から心臓を、今度はアーミのツノが貫いた。


「島でもこんなふうにキミと闘いたかったよ、ゴゴ」

 アーミティアスの声が遠くなる。

「長《おさ》に邪魔されて退屈だった。人間の街は自由でいいな。そして思った通り、私はキミよりも強かったようだ」


「それじゃ、帰りましょ、お嬢様」


 ポーカーフェイスがミアを横抱きにして去っていくのが、薄れ行く視界の中に、見えた。





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