相続権と自由
人間の話は難しくてわからん。
スティーブがミアから色々と聞いていたが、半分もわからなかった。
「どういうことだ」
だからオレは聞いた。
「オレにもわかるように、今の話をまとめてくれ」
「ゴールドスミスの社長が今、日本にいて、病気で死にそうになってるんだって」
スティーブが目をキラキラさせながら説明してくれる。
「で、奥さんとの間に産んだ息子が一人いるらしいんだけど、そのひと今韓国にいて、韓流アイドルになるって言ってて、グループを継ぐ気がないらしいんだよ」
「誰かさんみたいだな」
アメリカの大富豪の息子のくせ日本でギタリストになりたがっているスティーブを見ながらそう言った。
「それで奥さんの子じゃないけど、ゴールドスミス社長の血を継いでるミアちゃんに相続権が行くんじゃないかって、周りのひとたちが危ながって、どうにかしようとしてるらしいよ。こんな小学生相手にみっともないなあ」
オレは聞いた。
「ミアはなんさいだ」
ミアは元気なく答えた。
「……11歳」
「そうか」
オレも歳を教えた。
「オレは29さいだ」
ぷっとミアが吹き出した。何がおかしいのかわからん。
「だってライオンが自分で何歳か言うの、おかしい」
ミアがケラケラ笑ってくれた。
なんだか嬉しかった。
「しかしこれはいい話ですよ」
スティーブもなんだか嬉しそうだ。
「ゴールドスミス・グループを潰すチャンスかも……」
そこまで言って、自分の口を押さえた。
「あっ。今のは聞かなかったことにしてください」
「パパの会社なんか……なくなってしまえばいい」
オレンジジュースに挿したストローをくわえ、ミアがか弱々しい声で言う。
「私……、自由になりたい」
「オレの育った島へ来るか?」
そう言ってすぐにオレは取り消した。
「……いや、あそこに人間は住めない」
「どんなところ? ゴゴが産まれ育ったところって?」
ミアに聞かれ、頭の中に景色がよみがえる。
「何もないところだ。オレのような、動物の姿をした人間がたくさんいる。ユニコーンもたくさんいる。お互いに敵どうしだが、それぞれの王がいて、争いはするなと言われている。だから平和だ。平和なのが退屈なところだ」
「どうして人間は住めないの?」
「何もないからだ。何もないところで人間は、気が狂う」
「私は狂わないと思う」
自信たっぷりにミアが言う。
「人間の醜い争いを見すぎたから──私は人間のいないところへ行きたい」
鋭いギターの音が鳴りはじめた。スティーブのスマートフォンとかいう黒い板だ。
「あっ、ゼンゾー?」
スティーブが電話とやらをはじめた。
「うん、今日の晩ごはん、焼肉にするよ。ゴゴっちが喜ぶかなって。……あ、そうそう。ゴゴっちがかわいい女の子をさらって来たんだ。うん、ミアちゃんって名前の、金髪の──。公園で拾ったんだって。……あっ?」
「拾ったわけじゃない」
オレはスティーブの言葉を正した。
「匿っているのだ」
「電話──、切れちゃった」
おかしそうにスティーブがそう言って、振り向く。
「仕事放り出して、すぐに帰って来るらしいよ。ゼンゾーらしいなぁ」
「ミアちゃん!」
激しい音を立てて玄関のおおきな扉が開き、長い廊下を伝ってキッチンまで声が聞こえてきた。
「美少女! ただいま! この屋敷の主の俺、愛田谷善三が今、帰りましたよ!」
しゃくれたその顔をみっともなく笑わせ、ヨレヨレのスーツの裾を揺らして戸口に現れたゼンゾーが、ソファーに寝そべるオレを見て、聞いた。
「ミアちゃんは!?」
「ここだ」
オレの肩にもたれて眠る、金髪の少女を見て、ゼンゾーの顔からすうっと笑いが消えた。
「ガキじゃねぇか!」
そしてズンズンとスリッパの音を立てて廊下へ向かって大声をだす。
「おい、スティーブ! ミアちゃん子どもじゃねぇか! 窃盗事件の仕事ほっぽりだして飛んで帰って来たんだぞ!? どうしてくれる!?」
スティーブの部屋からブーーンと電気の音がした。
ヤバい。これは、アレだ。
オレは咄嗟にミアの両耳を前足で塞いだ。
爆音が轟いた。
部屋の扉も廊下も天井も吹き飛ぶかと思うような、エレキギターの爆音が轟いた。
「ギャアアアア!」
ゼンゾーの悲鳴も轟いた。
「お帰り、アイタガヤ」
エレキギターを肩から下げたスティーブが、笑顔で扉をカチャッと開けた。
「まんまと騙されて帰って来てくれたね。じつはアイタガヤの力を借りたいことができたんだ」
耳を塞いでいてもダメージを受けたようだ。眠っていたミアが目を開け、ガクガク震えている。頭を撫でてやった。
オレもダメージを受けた。爆弾を落とされたように全身が痛む。耳の奥がキーンとなって、マヒしたようだ。しかし口の動きで二人が何を言ってるかはわかる。
「何も聞こえん!」
ゼンゾーの口の動きがそう言った。怒鳴っているようだ。
「いい加減その出迎え方やめろ! いくら近所百メートル四方に誰も住んでないからってな! くそ! 耳がキーンってなって何も聞こえん! やめろ! ギタリストになる夢、やめろ!」
スティーブの口の動きが言った。
「弱いなぁ。Heavy metal bandのステージに上がったらずっとこれぐらいの音に包まれてないといけないんですよ? hahaha!」
ゼンゾーの言う通りだ。
スティーブは料理人になるべきだ。うまいものを作るスティーブは好きだが、三日に一度はコレをやるギタリストは嫌いだ。




