ミートパイ
「グガアッ────────────ッ!!!!」
空気が激しく振動し、公園の木々から一斉に鳥たちが飛び立つ。周囲の住宅街のガラス窓がカタカタと鳴った。
男たちは耳を押さえ、その場に崩れ落ちた。恐怖で顔は土気色になり、1人は股間を濡らしている。
「ひ、ひぃぃぃっ! 助けてくれぇぇっ!」
「化け物だ! 逃げろぉっ!」
男たちは武器を放り出し、脱兎のごとく公園の外へと逃げ出していった。追いかけるまでもなかった。あの惨めな逃げ腰なら、二度とこの公園には近づくまい。
「……ふん。口ほどにもない。スティーブの屋敷にいるへっぽこ主のほうが、よっぽどいい根性をしているぞ」
オレが鼻を鳴らすと、背後から小さく拍手の音が聞こえた。
「すごい……! ゴゴ、かっこいい!」
振り返ると、ミアが目を輝かせてオレを見上げていた。さっきまでの怯えた表情はどこにもない。
「誇るほどの相手ではない。それより、これからどうする? お前の家には帰れまい」
ミアは少し考えてから、俯いて寂しそうに首を振った。
「帰るお家、もうないの」
「そうか。なら、来い」
「どこへ?」
「オレの飼い主……いや、居候させてもらっているスティーブの、いやスティーブが居候させてもらっている、ある男の屋敷だ。庭も広いし、サツマイモも大量にある。スティーブなら、お前のことくらい匿ってくれるだろう。金持ちのライバルとやらで、何か知っているかもしれん。だからだ」
オレはそう言うと、背中をミアに向け、ドスンと屈んだ。
「乗れ。足の怪我がまだ完全に治っていないのだろう」
「う……うん! ありがとう、ゴゴ!」
ミアは嬉しそうにオレの背中に飛び乗ってきた。細く小さな腕が、オレの首元のたてがみにぎゅっと巻きつく。暖かい体温が背中に伝わってきた。
「落ちるなよ」
「うん!」
オレはミアを背中に乗せたまま、住宅街の影を縫うようにして走り出した。
夕暮れの風が、オレたちの頬を撫でていく。
まったく、人間の町というのは退屈な場所だと思っていたが――どうやら、しばらくは退屈せずに済みそうだ。
屋敷に帰ると、まず門を破壊する勢いで体当たりし、開く。
前庭を走り抜け、洋館の玄関からは入らずに、裏庭へ回り込む。
おおきな窓の向こうではスティーブが、かわいいエプロンをつけて料理をしていた。窓ガラスを壊さぬよう、爪でチョンチョンと叩く。
「あっ、ゴゴっち」
スティーブが振り向いた。サングラスをかけていても嬉しそうな顔がわかる。
「お帰り。ちょうどミートパイが焼けたところだよ。……あれっ? その女の子は?」
窓を開けてもらい、ミアをまず中へ下ろしながら、言った。
「オレのカノジョだ」
くすっとスティーブが笑う。
「かわいらしいカノジョだね」
「こんにちは」
ミアが恥ずかしそうに挨拶をする。
「ミア・ゴールドスミスといいます」
「ああ……」
スティーブがすぐに話を呑み込んだ。
「この子が……」
スティーブの作る料理はうまい。
ほんとうなら面倒くさい料理などせずとも、オレはただの牛の肉塊で満足なのだが、スティーブが作ってくれるとなれば待つことができる。楽しみだからだ。
「おいしい!」
一口かじってもぐもぐし、ミアが笑った。
「こんなおいしいミートパイ、初めて食べた!」
それはそうだろう。スティーブの作る料理には心がこもっている。
オレはミアが食べ終えるまで我慢した。待った。一緒に食べたらテーブルの上のミートパイ、すべて一瞬で食い尽くしてしまうだろう。だからだ。
おやつ程度の量のミートパイを口にしながら、スティーブがミアに自己紹介をする。
「ボクはスティーブ・スーパーライトだよ。ヨロシク」
「スーパーライトさん?」
ミアがそれに気づいた。
「それってパパの──」
「うん。ライバル会社の社長の息子」
ニコニコしながらスティーブがうなずく。
「正しくは放蕩息子。ギタリストをやってます。第二のマーティー・フリードマンになりたくて日本にいるんだよ」
「ギタリストよりも料理人になったほうがいいのではないか」
オレは止まらないヨダレを抑えながら、言った。
「オマエの料理は素晴らしいぞ」
「日本にこんなおおきなお屋敷を持ってるなんて……すごい」
ミアが両手で持ったミートパイをくわえながら、広いキッチンと外の庭を眺めまわす。
「ゴールドスミスさんだって日本にビルを持ってるじゃん」
スティーブがサングラスの奥の目をウィンクさせる。
「それにここはボクのお屋敷じゃないヨ。だってこんな古い洋館、どう考えても日本のひとの物でショ? ボクは居候です」
「じゃあ……、誰の?」
「ゼンゾーのだ」
オレが教えた。
「刑事だ。あごのしゃくれた、ヨレヨレのスーツのだ」
「まぁ、ほとんどの区画はボクが買い取ってますけどね」
スティーブが笑う。
「刑事さん……」
ミアがなんだか怖がるように、呟いた。
「警察は……嫌い」
そして、嫌いなものを吹き飛ばすように笑い、言った。
「ごちそうさまでした。おいしかった」
待っていた。
オレはスティーブの食いかけも含め、3キロはありそうな量のミートパイを、一瞬で食い尽くした。




