大きな借り
「狙っている……? どういうことだ」
オレは低く唸った。自分の喉の奥から、野生の猛獣のような重苦しい振動が漏れ出るのを感じる。
ミアはオレの脇腹に顔を埋めたまま、小さく身震いをした。
「お父様は……ゴールドスミスの社長は、私の存在を隠してるの。私は『愛人の子供』だから。一族の恥だって……。でも、お父様が病気で倒れてから、親戚の人たちが急に私を探し始めたの」
「なぜ探す? いらない子と言っていたではないか」
「遺産……お金と、会社を継ぐ権利。私がいなくなれば、全部親戚の人たちのものになるから。だから、私を消そうとしてる人がいるって、私を匿ってくれていたお手伝いさんが言ってた……」
ぽつり、ぽつりと語るミアの声は震えていた。
人間の世界にも、こういう「群れの醜い食い合い」があるのか。オレたちの棲んでいた島でも、縄張りを巡る血生臭い殺し合いは日常茶飯事だった。だが、人間のそれはどこかジメジメとしていて、不快な匂いがする。
「そのお手伝いさんはどうした?」
「一週間前に……急にいなくなったの。お家にも、黒い服を着たこわい人たちが周りをウロウロし始めて……だから、私、怖くなって逃げ出したの。逃げて、逃げて、公園でブランコに乗って……」
――死ねるかなって、思って。
最初に会った時の、あの言葉の理由がようやく繋がった。
追い詰められ、幼い心で逃げ場を失った末の叫びだったのだ。
「フライドチキン、美味しかったぞ」
オレは、爪を引っ込めた大きな前足を、そっとミアの頭の上に置いた。ずっしりとした重みに一瞬びっくりしたようだったが、ミアは逃げなかった。
「お前はオレに肉をくれた。そしてオレを少しだけ優しい気持ちにさせた、だからだ。……オレはお前に大きな借りができたわけだ。命のやり取りをするには、十分すぎる理由だ」
「ゴゴ……?」
「お前を食おうとする奴らが来たら、オレが代わりに噛み殺してやる。オレの牙は、牛の骨すら一噛みで砕くぞ」
冗談のつもりは毛頭なかったが、ミアは一瞬だけ呆気にとられたあと、「くすっ」と小さな声を上げて笑った。
「ゴゴはほんとにライオンみたいだね。でも、ダメだよ。人を殺したら、ゴゴが捕まっちゃう」
「オレを捕えられる人間などおらん。スティーブが困るかもしれんがな」
その時だった。
公園の入口付近から、ジャリ、と砂利を踏みしめる靴音が聞こえた。
ひとつではない。三人分だ。
風に乗って漂ってきたのは、安っぽいタバコの匂いと、男たちの下品な殺気。
「ほう……こんなところに隠れていたか、お嬢ちゃん」
「捜したぜ、ミアちゃん。お前のおかげで残業確定だ」
黒いスーツを着た3人の男が、繁みを割るようにして公園に入ってきた。手には金属製の棒や、折りたたみ式のナイフのようなものを握っている。
男たちはミアを見つけるとニヤリと笑ったが、その隣に座っている「オレ」の姿が目に入ると、ピタリと足を止めた。
「……あ? なんだあいつ。着ぐるみか?」
「いや……待て、デカすぎねえか? おい、頭、ライオンだぞ……?」
「冗談だろ、TVのドッキリ番組か何かか!?」
男たちが困惑し、腰が引けているのがわかる。人間の武器など、オレの厚い皮膚と筋肉の前では爪楊枝も同然だ。
「ゴゴ、あの人たち……!」
ミアが怯えてオレの服をぎゅっと掴む。
「安心しろ」
オレはゆっくりとベンチから立ち上がった。2メートルを超えるオレの巨体が立ち上がると、男たちの顔から一気に余裕が消え去った。
「ヒッ……!?」
「おい、冗談だろ!? 化け物……!」
オレは大きく口を開け、腹の底から咆哮を上げた。




