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家庭教師、昼寝する


 ものすごくしばらくぶりに、床に足が付いた。

 その途端、膝から力が抜けて、わたしはカーペットにへたり込んでいた。


「え、わたしン……、部屋ウチだぁ!」


 馴染んだベージュのコタツ布団に寝転がる。腕と足を伸ばして、布団のもふもふ感を満喫した。

 光の玉の中で宙に浮いている状態は、思ったより体のあちこちに変な力が入っていたようで、今さら足がガクガクしている。なんだか腰も痛い。


「はぁ~。床、落ち着く! コタツ万歳! てか、宙に浮かぶって人体には向いてない、ムリ!」


 毛足の長いカーペットをごろごろ転がる。

 まだ、手足の震えが止まらない。


――温かい柚子茶とか、飲みたいよぉ。


 下半身に力が入らないし、手も震えたままだ。

 これは、つまり。


――思ったより、怖かったんだな、わたし。


「というか、ここにきてオカルト展開って、なんなの?! 幽霊とかお化けとか、超!苦手なんだけど!!!!」


 怨霊全盛期の平安時代でわたしが平然としていられたのは、ひとえに、あの時代の知識では理解できない自然科学現象が原因だと信じていたからだ。

 もともとわたしはユーレイ系を信じていないので、呪いだの怨霊だのが話題になっても、余裕があった。

 でも、今回は。


――怨霊が憑依した着物とか着ちゃったし! 宙に浮いちゃったし!


 いや、あの光の玉は本当にオカルト関係なのだろうか。

 おそらく、大姫のつぼねから片足を踏み出したのが、タイムリープ発動のスイッチだったのだろう。

 推測だらけだが、パパ殿がこっそりわたしのリュックに入れておいたあのうちぎの怨念(うわぁ……)に引きずられて、いつものように瞬間移動ができず、あまつさえ醍醐だいご寺に飛んでしまったのだ。


「てことは、光の玉は、タイムリープ関係ってこと? あんなの、これまで一度もなかったけど……。まあ、わたしの身体を守るバリヤーみたいなモノ、だったのか、な?」


 唐突に醍醐寺の屋根より高い場所に浮かび出て、そのまま中庭に下りた。

 なにがなにやら分からないなか、いなご麿とひき麿が駆け寄ってきてくれたので、なんとか場所と状況だけは想像がついた。

 それで、座主ざすらしきヤツを見つけて、ぶっつけ本番、ドロナワの「神使しんし」を演じたのだ。


――いや、演じられていたかどうかは、微妙だけど。


 実際に勝覚に恐怖を与えたのは、感情任せに演じた神使しんしなんかよりも、やはり霧舟のうちぎだろう。

 いわゆるユーレイの姿を見たわけではないが、わたしが脱いだ端から、あのうちぎは、勝覚に向かって意志を持ってうごめいていた。自力で座主に巻きつき、首を絞めていたのだ。


「う、うわっ、リアルに思い返すと、かなり……」


 また、腕が粟立った。背中がぞくぞくする。


「え、あれ? そういえば、あのうちぎは? ど、どうしたっけ……」


 座主ざすをスタンガンで気絶させた瞬間、わたしはこの部屋に戻って来た。

 霧舟の怨念が座主の首を絞めているとき、当然の報いだと思った。でも、愛した男を絞殺している霧舟の姿を、それ以上見たくなかったのだ。それが着物だけであっても。


――やっぱ甘い、かな。でもあのうちぎがここにないってことは、残ったんだよね、醍醐寺に。


 あの着物が完全に離れたから、タイムリープが安全に成功して、今、わたしはこの部屋にいるのだろう。

 わたしがいなくなった後、醍醐寺は、あのうちぎはどうなったのだろうか。

 ある程度、騒ぎになるのは、もう仕方がないとしても。


――どんな形であれ、霧舟の気が済めばいいなあ。


 ぶっちゃけ、座主は死んでいようと生きていようとどうでもいい。霧舟が安らかになれれば。


 そんなことを考えながらダラダラしていたら、ようやく少しずつ体に力が戻ってきた。

 着替えて、荷物を片づける。

 日時を確認したら、案の定、昨日この部屋を出た時間のままだった。

 平安時代むこうであれほど濃い時間を過ごしたのに、それは一分一秒たりとも、なかったことになっている。こちらの世間は、まだ正月だ。


 お茶を淹れて、ほっと一息ついてから、気が付いた。

 今回のわたしの災難の大半は、パパ殿のせいだ。

 パパ殿が拗ねて、わたしのリュックに霧舟のうちぎなんて入れなければ。

 というか、あれ、犯罪の証拠品なのに、勝手に内裏だいりから持ち帰っちゃダメだろう! あまつさえ、わたしはそれを醍醐寺に放置してしまった。


「ど、どーしよー。あれって重要証拠なうえに、うっかりすると国宝級の代物だよね。えぇぇぇっ、無くなったじゃ、済まないんじゃないのっ?!」


 ……そもそも、パパ殿が左大弁なんか殺さなければ。

 昨日の訪問は、その告発がメインの目的だった。どうにも妙な話の展開で、和気藹々と酒盛りしちゃったり、そのせいで大姫が拗ねたりした。

 やはり、諸悪の根源は、パパ殿だ。


「ほんっと、困ったおっさんだわ」


 でも、わたしはパパ殿をある一点では信用している。

 嘘は言わない。口にしたことは守る。

 パパ殿はわたしに、「出世せず、蔵人のままで鳥羽帝を守る」と誓った。

 それだけは、果たされるだろう。


 そこまで考えてわたしは、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。

 平安時代あちらに行ってもまったく時間が経たないのは儲けた部分もあるが、身体は疲れる。しかも今回は、かなりハードだった。はっきりいって、へとへとだ。

 霧舟のことも、パパ殿の殺人を結果的に見逃したことも、心に重くのしかかっている。


「ちょっとだけ、昼寝! んで、切り替えろ、わたし!」


 明日からは、現代こちらで、大学受験生の指導の予定が詰まっているのだ。


「も~、ホント、全部あのおっさんのせいなんだからっ。次会ったら、しこたま文句言ってやる!」


 けれど、その機会は、驚くほど長くやってこなかった。




やっとラスト間近です。こっからはスパートして、一気にいきます!

お付き合いいただければ嬉しいです。

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