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家庭教師、推理する 3

 でも、パパ殿のこういう抵抗は、予想の範囲内だ。

 わたしの原稿では、ここからが正念場。

 思っていた以上にパパ殿がマイペースなので、うっかり口を滑らせてくれるような失敗は期待薄だ。

 それでも、わたしのプレゼンの成否はそこに掛かっている。


「分かりました。じゃ、アリバイ問題はここまでですね。殿様は、左大弁・藤原高大ふじわらのたかひろ殿が殺害された夜に一緒に食事をした。生きている高大たかひろ殿と最後に会った人物かも、ということです」


「ありばい? はもう終わり? 解決しなくてもいいんだ」


「一つ二つの証拠で犯人が挙げられるなら、とっくに解決してます。でも、殿様に、どんどん犯人の条件が積み重なっているのは、分かりますよね」


 犯人の第一条件は、蜂の毒に詳しいこと。

 今上きんじょう暗殺未遂事件の詳細な情報を知っていること。

 貴族か、その近しい従者ずさであって、左大弁に一人で会える身分であること。

 左大弁・藤原高大ふじわらのたかひろを殺害する動機を持っていること。

 長月ながつき晦日みそか(末日)のさく(新月)の夜にアリバイがないこと。

 おそらく、左大弁が最後に会おうとした、「とう」と呼ばれる人物であること。


「大姫様のお話では、蜂の毒に詳しい人って珍しいそうですね。こうやって並べていくと、貴族多しといえども、この条件をすべて満たす人って、殿様くらいじゃないかと思うんですけど」


 この条件は、今上暗殺未遂の犯人達にも当てはまる。だからこそ朝廷側は、動機を見誤ったのだ。口封じだと。

 でも、犯人側には全員、確かなアリバイがある。


「……さっきさ、斎迩の君は、動機は超単純って言ったけど。口封じじゃなければ、高大たかひろを殺す理由って何かな? いちおう親戚とはいえ、ヤツは、殺すほどの重要性もなかったよ?」


「殿様も理解なさってるはずです。今上の命を狙ったんですよ? ――制裁。死刑。簡単な話ですよね。でもこれで、犯人像に、もうひとつ条件が加わります」


 今上に忠誠心の篤い人物であること。


「またもや、殿様に当てはまりますよね。あの曲者くせものの大僧正が、殿様の忠誠心だけは疑いようがない、と手放しで認めるくらいですもん」


 パパ殿は、がつっと乱暴にひしゃくを握ってお茶を注ぎ、一気に飲み干した。その後珍しくも、扇を開いて、むやみに顔を仰いでいる。

 これは……、もしかしなくても、


「照れてます?」


「やっ、べつにっ……、というか、斎迩の君! さっき、僕のことを疑い出したのは、高大たかひろの死体が発見された翌日って言っていたけど。なんでその日? 僕は邸に帰ってさえいないよ」


「そうですね……。うーん、その前に、ここでまたアリバイの問題に戻るんです。……と言っても、別の人間の、なんですが」


「別の人間?」


 パパ殿が怪訝そうに繰り返す。同時に、少し余裕を取り戻した。

 当然だろう。パパ殿は単独犯だ。共犯はいない。

 だからわたしが「別の人間のアリバイ」なんて言い出して、安心したのだ。

 もちろんわたしも、じゅうぶん分かっている。


「ええ。高大たかひろ殿のご遺体を検分していたら、すごい勢いで蔵人頭くろうどのとう御自らと近衛士このえじ達が大勢やって来たんですよ。馬で、ものすごい勢いで」


「ああ……。そりゃあ、四位しいの左大弁が川原で死んでいたんだ。放っとくわけにはいかないだろう。高大たかひろはそもそも近衛士に目を付けられていたんだし」


「や、不思議じゃないですか? 誰が内裏だいりに知らせたんです?」


 八助さんは、遺体を発見してすぐ、お邸のわたしに知らせるべく、いなご麿を走らせた。あの子はかなり足が速い。

 大姫がダダをこねて時間を食ったとはいえ、わたしが四条の川原に出向いている間、八助さんは遺体の側を離れなかった。市内を巡回中の検非違使けびいしの一隊に見つけられて報告していただけで、他に使いは送っていない。

 検非違使の隊が内裏に連絡したのだとしたら、時間的に速すぎるし、だいたい別当べっとう(隊長)は、蔵人頭と近衛士が来たことに驚いていた。

 着ている物から高位の貴族だとは予想が付くけれど、それだけで蔵人頭くろうどのとうが、わざわざ四条まで出張ってくるだろうか。あの近衛士の数も、多すぎた。


「つまり、かなり確度の高い密告があったんじゃないでしょうか。直接、内裏に。左大弁が死んでいる、と」


 そうでなければ、あの警察部隊の数とスピードの説明がつかない。


「殿様、その前夜、高大たかひろ殿と食事したのって、どこです?」


高大たかひろの邸だよ。ヤツは、斎迩の君が考案した、今上きんじょうが呪詛を仕掛けているというワナに、本気で怯えていたからね。つぼねじゅう、お札だらけだったよ」


「お邸で、誰かに会いました?」


「いや……。築地塀ついじべいの崩れた場所を教えられて、そこから入った。食事の膳は最初から整えられていて、人払いされていたし。――つまり、斎迩の君? 何が言いたいの?」


「殿様が食事を終えて帰った後、高大たかひろ殿も外出したんでしょうね。もしくは、一緒にお邸を出たか。そして、近衛士は高大たかひろ殿がいなくなったとは知らずに邸を見張っていて、翌朝、内裏に知らせが入った」


「それで泡食って、大勢で四条に確認しに来た、と。その知らせを僕がやったと?」


 わたしは肩をすくめた。


「殿様ご本人がやったとは思っていません。でも、蔵人頭くろうどのとうを動かせるほど確かな知らせを届けた人がいるはずです。殿様が頼んだんでしょう? 何でも相談している家宰さんですか? でも家宰さんだと、目立ちすぎる。息子ですかね。わたし、あの朝、けら男を見ていないんです」


 いなご麿、ひき麿、雨彦は蜂泥棒を探して市内を歩き回っていたが、けら男は、あの捜索にはあまり加わってはいなかった。今思えば、家宰の仕事の訓練を受けていたのだろう。


「これもついでに、蔵人の詰所で聞いてみました。あの遺体が発見された日、確かに、わらべ姿の男子おのこが文を届けに来たそうです。でも内裏なんて、文使いだらけですからね。誰がなにやら、覚えてはいなかったですけど」


 逆に言えば、それなりに身ギレイな格好をしていれば、男の子が文を持ってうろうろし放題なのだ。


「それを、僕が、けら男にやらせたと?」


 パパ殿の声が低くなった。

 あえて、その怒りを煽る。


「もちろん、文の内容は教えていなかったと思いますよ。殿様は使用人に優しいご主人ですからね。でも、その翌朝もけら男は殿様を探しに行かされて、殿様が見つからなかったせいで、彼までいまいち所在不明だったんです。共犯だと考えてもおかしくないですよね。けら男なら、主人から秘密の文使いを頼まれたら、絶対に口を割らないでしょうし」


「バカな! 僕はそんなことにけら男を巻きこんだりしない!」


「殿様にその気がなくても、家宰さんは殿様命の忠義者です。殿様の行動のフォローにも慣れています。自然に気づいてしまって、手伝ってくれたって可能性もありますよね」


「家宰もけら男も何も気づいてなどいない!」


「何を?」


 パパ殿は、ぐっと詰まった。さすがに口を滑らせたと気づいたようだ。


「……斎迩の君はなにがなんでも僕を高大たかひろ殺害の犯人にしたいようだ。仮に僕が、何らかの罪を犯すとしても、家宰や、家の者に手伝わせたりなどしない。たぶん、すべて一人でやるよ」


「ええ。殿様は、使用人を大事になさってますもんね。分かってます、仮に、のお話ですよね」


「そう、仮の話」


 わたしはお茶を手酌で注いで、ゆっくり飲んだ。できるだけ柔らかく、微笑んでみる。


「要するに、アリバイを証明するって、これくらい難しいってことです。あの朝、家宰さんとけら男が邸にいたと証言しても、嘘だと疑われたら、その後どうします? 内裏にいなかったこと、を証明するのは、至難の業ですよ」


 板間にお茶碗を置く。


「あ、そうそう。先師せんしのお方様に伺ったのですけど、貴族が悪い事をした場合、手伝った従者ずさや家人の方が重い罰を与えられるのが、常識だそうですね。

 大姫様も、権大納言ごんだいなごん家に乱入したとき、いなご麿達を巻きこんだことを、とても反省されていました。使用人思いなところ、親子でそっくりですね」


 パパ殿の目を覗き込んで、にっこり笑ってみる。


「そんな殿様が、けら男を共犯にするなんて、わたしは、信じていません。――貴族の方々がどう考えるかは、また別ですけど」


「……脅しているのか、斎迩の君」


「めっそうもない! 使用人の身の安全が脅しのタネになるなんて、やっぱり殿様は主人の鑑ですね!」


 とりあえず、パパ殿を怒らせて動揺させることには成功した。

 大事なのは、ここからたたみかけることだ。





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