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家庭教師、推理する 2


 廊下に、足音がした。

 開いている格子窓から、家宰さんが顔をのぞかせる。


「いかがなされましたか、殿様」


「ああ、笑いすぎて喉が渇いた。斎迩の君の土産みやげの茶を淹れて、かめにいっぱい持ってきてくれ。しばらく二人きりで話し合いたい。誰も近づかぬように」


「……かしこまりました」


 しばらくして、家宰さんと本殿の女房が戻ってきた。けっこうなサイズの瓶とひしゃく、お茶碗が二つ。一杯目を注いでもらうと、パパ殿は一気に飲み干した。


「高価な茶をこんな行儀悪く飲めるのも、斎迩の君がたくさん、くれたからだな。あとはこちらでやる。もういいぞ」


 お代わりを注ぎ、家宰さんがそっと告げる。


「殿様。私もお傍に控えておりましょうか」


「すまぬな。今は、本当に要らぬ。大丈夫だ、これほど楽しいのは、久方ぶりだから」


 家宰さんは静かに平伏して、出て行った。

 パパ殿は、言葉どおり、楽しそうにひしゃくを差し出した。


「茶は各自、手酌にいたそう。そちらの方がよかろう?」


「へ?」


「なんだ、僕を殺人犯呼ばわりしておいて、今この場で、己の身は心配しないのか? 自分が飲む茶は、自分で注いだ方が、安心だろう?」


 一瞬、呆けて、気が付いた。お互いに毒殺の恐れがないように、こういう形にしたのだ。

 パパ殿が、呆れたように続ける。


「わざわざ斎迩の君の持ってきた茶を淹れたのも、毒なぞ混ぜられないと分かってもらうためだよ。だから、行儀悪いけど、ひしゃくも一つを共に使おう」


 できるだけこらえたけれど、血の気が引いた。平安貴族、毒殺シーンに慣れすぎている。


「本当に、そなたは、平和な世界に住んでいるのだなあ。見たところ、院を昏倒させた不思議な武器は持っているようだけれど、まさか、毒殺の心配はしていなかったのかい」


「うっ……。はい……かんがえもしませんでした……」


 扇のフリをして腰に差してあるスタンガンは、チェックされていたらしい。


「あ、もしかして、斎迩の君は毒が効かないとか?」


「効きますよ、いや、試したことないので分かりませんが、効くはずです! しつこいようですが、普通の人間なので! むしろ殿様より、弱いかもしれません」


「そりゃ、そうでしょ。僕は、身体、慣らしてるからね。なんか心配だなぁ。斎迩の君はもうちょっと用心した方がいいよ、ホントに」


「人をアホの子みたいに言わないでくださいよ。……てか、なんなんですか、この会話」


「ん? 言ったよね、最近でいちばん楽しいって。さ、茶でも飲んで、早く続きを」


 おかしい。

 わたしは華麗な推理で、殺人犯を追い詰めているんじゃないのか。

 サスペンスドラマなら、びしっと「あなたが犯人だ!」と名指ししたら、何かしら抵抗があるものだ。その張本人から、わくわく話の続きをねだられるとは、カオスすぎる。


「殿様が『とうの蔵人』って呼ばれてるのは、かなり大きな状況証拠だと、思うんですけど。なんで、そんな、楽しそうなんですか……」


 思わず、でグチってしまった。

 いや、もういい。思い返せば、わたしとパパ殿との会話なんて、だいたいこんなモンだ。

 パパ殿にメゲたら、わたしの負けなのだ。がんばれ、わたし!


「それじゃ、次です。アリバイって言うんですけど、要するに、犯罪時刻に、他の場所にいたことを証明できるかっていう問題ですね」


「ありばい」


 パパ殿が目をキラキラさせている。本気で楽しそうだ。


「まずそもそも、高大たかひろ殿を殺す、分かりやすい動機は、口封じでしょう。ずいぶん迂闊うかつな人だったみたいですから、共犯者側からすれば危険ですよね。

 でも、三宮さんぐう院の仁覚も、醍醐だいご寺の勝覚も千手丸も、問題の長月ながつき(9月)晦日みそか(末日)の夜、自分の寺から一歩も出ていません。すでに左大弁を疑って見張っていた近衛士このえじ達が証言していますから、確かです」


「長月のうちに左大弁があぶり出されたのは、斎迩の君のワナのおかげだよね」


「あんな単純なワナにきれいに引っかかるのも含めて、迂闊ですよ。――とにかくこれで、容疑者全員にアリバイが成立しました。としたら、そもそもの動機が間違っていたんです。そして、日記に書かれた『とう』が最有力候補になるのは当然です」


「動機も違うの? 投げ出すの早くない?」


「いいんですよ、動機は超単純で分かりやすいので」


 パパ殿の顔に、一瞬、光りが閃いた。


「で、少し、殿様の行動を整理してみたんです。あの頃の殿様は、なんだか忙しくて、不在がちでしたよね」


 長月晦日の夜に、左大弁は殺害された。

 その二日前から、パパ殿はこの邸に戻っていない。最初の晩は、宿直とのい内裏だいりの不寝番)だった。家宰さんにも大姫にもスケジュールを報告しているので、間違いない。


「でも二日目、つまり左大弁が殺された日も、殿様は邸に戻られなかった。翌朝、家宰さんが殿様を探していました」


「前にも言ったと思うけど、長月の朔日(1日)に今上きんじょうが蜂に刺されて、その後、僕も極秘捜査のメンバーになった。でも通常の蔵人の業務もやらないといけなくて、本当に忙しかったんだよ。宿直とのいが連続、とかも普通にあったし」


「そう。みんな、それで納得していたんですよね。殿様がいなくても」


 大姫もそう言って、寂しさをガマンしていた。


「でも、偶然、大僧正から訊きました。殿様、さくの夜は必ずベテランに宿直とのいしてほしい、という申し出を断ったそうですね」


 朔の夜とは、新月の夜だ。月明かりがない平安京は、真に暗闇になる。その分、犯罪も増える。


「実際、今上が蜂に刺された長月朔日も、その夜が新月でした。真っ暗ななか、殿様は淑景舎しげいさの裏の池で、青のほうと泥団子を見つけたんですよね」


 長月(9月)朔日(1日)の新月の夜。今上暗殺未遂。

 長月晦日みそか(末日)の夜。左大弁・藤原ふじわらの高大たかひろ殺害。


「この長月晦日の夜が、次のさく、新月です。

 大僧正は、はっきり言っていましたよ。今上暗殺未遂のとき、速足はやあしの殿様が宿直とのいでよかった、と。でも、次の朔の夜に宿直とのいを頼んだら、断られたって。特別手当でも釣れないし、休みたがる、と。

 でも、考えてみたら、変な話です。殿様は、今上の安全を第一に考えていますよね。直前の朔の夜に暗殺未遂があって、犯人は捕まっていない。次の新月の夜に、宿直とのいを頼まれて、殿様の性格なら引き受けるはずです。――別件で、よほど重要な用事がない限りは」


 9月末日の新月の夜、パパ殿は宿直とのいをしていない。なおかつ、お邸にも戻っておらず、邸の人々はパパ殿が内裏に泊まりこんでいると信じ込んでいた。


「殿様。長月晦日の朔の夜、アリバイないですよね」


 パパ殿が黙ってしまったので、わたしはお茶を飲んだ。ずっとしゃべっているので、喉が渇く。深蒸し茶は、やっぱり美味しい。

 パパ殿が口を開こうとした直前に、言葉を続ける。


「殿様は、その時期、今上暗殺未遂の極秘任務に就いてましたから、手続き面では、いろいろ融通が利いたでしょう。でも、内裏の宿直とのいだけは、別です。今上に向かって絃打つるうちをしてみせた蔵人を探して、蔵人頭くろうどのとうが名簿を確認していましたよね? 内裏の不寝番なんて重要な役割は、きちんと記録が残されてるんじゃないですか」


 またもや何か言いかけたパパ殿に、被せた。

 

「例の、千手丸に面会した後、蔵人の詰所つめしょで、宿直とのいの名簿も見せてもらいました。長月晦日に、殿様の名前はありませんでした」


 やっとわたしは口を噤んだ。パパ殿が、へらっと笑う。


「なんか、浮気を問い詰められてる夫みたいだなあ。なるほど、世の男性はこういう気分なのか。で、斎迩の君は、僕がオトナの恋に目覚めて、女性の元に通ってた、とは考えてくれないわけ? 今までそんな素振りも見せてなかったから、恥ずかしくて家宰にも隠してた、と」


「……いちばん言いそうで、でもそれだけは言わないでほしいな~、と思っていた誤魔化しかたですね……」


 うっかり力が抜けそうになる。


「殿様、いくらなんでも、普通の色恋沙汰に疎すぎます。朔の夜ですよ? 好き者が色歩きをしない、唯一の夜です。仮にムリヤリかよっても、女性が門を開けませんよ。物の怪かもしれないじゃないですか」


「え、あっ、そうか!」


「わたしに教わるなんて、情けなさすぎです」


「ホントだ。墓の穴の、さらに底辺を這ってるね」


「そこまで言われると、腹立つんですけど」


 あまりに緊迫感がなさすぎる。


「墓穴って。それは、認めたということですか」


「うん。――長月の晦日の朔の夜ね。たしかに、左大弁と会ったよ。大事な話しがあるって、なんだか強引でさ~」


「どうして今まで黙ってらしたんです」


「あいつ、キライだもん。さっさと飯食って酒飲んで、別れたし。相変わらず、ひとつも話なんか、合わなかったね」


 ――そう来たか。


 正直、「聞かれなかったから黙っていた」とか、なんやかんや理屈が返ってくると思っていた。

 でも実は、感情論がいちばん厄介なのだ。

 「キライな相手だから、思い出すのもイヤだった」と言われたら、崩しようがない。感情は理屈ではないから。

 パパ殿は、ロジカルな性格なぶん、理屈の限界を、感情論の有利さを、よく理解している。


「キライな相手とさっさと食事して別れたなら、夜も早かったでしょう。なんですぐにお邸に戻られなかったんです。その頃は忙しくて、お疲れだったはずなのに」


高大たかひろと話すと、神経がささくれる。そのまま邸に帰りたくなくて、そこら辺をふらふら散歩してた。山科やましなまで行かなくても、けっこう蜂の巣のある場所って多いんだよ。もうだいぶ涼しかったけど、僕は牧場で野宿するのも慣れているしね」


 う~わ~。

 本格ミステリでよくあるパターンだが、「そこら辺を散歩していて時間が分からない」とか「熟睡していて何も知らない」とか話す容疑者が、いちばん面倒なのだ。まあ、事件が夜中だったら、全員が「寝てた」と申し立てても当然なのだけれど、そのせいで容疑者が絞れない、というアリバイ崩しモノは多い。


 ここにきて、崩せないアリバイを言い立てるとは。

 パパ殿のくせに。






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