家庭教師、プレゼントする 2
大荷物を抱えてドアを開けたら、平安時代は皐月(五月)だった。
あれだけ急いで、ほとんど徹夜で来たにも関わらず、またもや三か月が経過している。
でも前回は、三日空いて三か月だった。今回は一日弱で、三か月だ。さらにズレが大きくなっている。
「お、斎迩の君、おいでになったか~。こんりゃまた、えらい荷物じゃのぃ」
八助さんも、三か月ぶりに唐突に現れたわたしを、満面の笑顔で迎えてくれた。あり得ない量の荷物には目を丸くしていたけれど。
マヌケなことに、今日の午前中、続々と宅配便が届いてから、初めて気づいた。梱包、というか包装が問題なのだ。
平安時代の贈り物は、重箱か絹の巾着袋に入れる。プレゼントのサイズに合わせて、ラッピングもオーダーメイドなのだ。
さすがにそんな用意をしている時間はない。
かといって、届いた荷物をそのまま持ち込むこともできなかった。
プリザーブドフラワーは型崩れをふせぐために発泡スチロールで固定されているし、大抵の商品がビニールやポリエチレンの袋に包まれている。こんな素材を、大量に平安時代に持ち込むわけにはいかない。
プレゼントの中身には気を遣ったのに、梱包材のことまでは考えが及ばなかった。
それで急遽、すべての梱包を解いて、中身だけスーツケースに詰めてきたのだ。
業務用の角砂糖は、みっしりビニール袋に詰まったままなので、諦めた。今から油紙を仕入れる時間はないし、普通の紙や布で包んだら、蟻が寄ってくる。同様に、お茶の袋には「静岡産深蒸し銘茶」とか印刷してある。この時代には「静岡」という地名も深蒸し製法も存在しないが、もう気にしないことにした。
――それに、皐月って……。すでに梅雨じゃん! うぅ、フェイクファーじゃなくて、カビ取りシートとか持って来ればよかった……。
持参した手土産が、全て失敗のような気がしてくる。
玄関では、家宰さんが出迎えてくれていた。
前回ほど劇的な再会でもないので、人出は少ないし落ち着いた雰囲気だ。
が、東の対屋から急いでやって来た男性を見て、つい大声を出してしまった。
「えっ、もしかして、けら男?! 元服したのね!」
髪の毛を、髻に結っている。上に烏帽子や冠をかぶってはいないが、貴族の髪型だ。庶民は、後ろでひとまとめにした髪を、下に垂らす。
直衣の色も海老色で、渋いとはいえ、赤だ。貴族の夏の着物は赤がベースカラーで、年齢が若いほど赤みの強い色を着る。けら男は若いが、家宰だ。派手な赤は避けたのだろう。
「ホントに貴族だったのねぇ、けら男……」
藤原北家中御門家ほどの家格なら、家宰も貴族である。父親の家宰さんがばっちり下級貴族の装束だったから当たり前なのだが、これまで童姿しか見ていなかったので、ピンと来なかった。
と言ったところで、気が付いた。
「あ、ごめん! 元服したんなら、もう、けら男じゃないよね。え~と、なんて呼べばいいのかな」
正式な名前をもらったはずだが、おいそれと人に教えるものでも、普段呼ばれるものでもない。お邸で使われている通称があるはずだ。
「東の家宰、と。でも斎迩の君なら、けら男でかまいません。そう呼ぶ方も多いですし。大姫様がお喜びです。どうぞ、東の対屋へ」
穏やかに微笑むけら男は、もはや成熟した大人の男性で、動作のひとつひとつに余裕が感じられる。とても16歳とは思えない。
「あのね、これ、お邸の皆さんへの贈り物なんだけど」
海外用の巨大なスーツケースと、キャリーバッグ、さらに背中に負っていたリュックサックを下ろす。
マンションのドアを開けただけなので、ほとんど持ち運んでいないが、このお邸の門から玄関までの庭道を歩いただけで、すでに汗だくになっていた。
けら男は、その大量の荷物を見て、ふっと表情を曇らせた。家宰さんの方はさすが、にこやかに引き取ってくれる。
「これは……。過分なお心遣い、みな、喜ぶことでしょう。後ほど、東の対屋に運ばせます」
けら男に先導されて、渡殿を渡る。わたしにとっては昨日も通った橋だけれど、あと何回、ここを渡れるだろうか。
「まだまだですね、俺」
前を行くけら男が、低く呟いた。
「斎迩の君は、お餞別の品を持ってこられたのでしょう? 俺は、大姫様に、どうお伝えすればよいかと、きっと悲しまれるな、などと思ってしまって……」
父のようにはなれません、と言うけら男に、わたしは笑ってしまう。
本当は頭をわしわししたかったけれど、せっかく結っている髻が崩れてしまう。代わりに、横を歩いて、肩を叩いた。
「あの殿様を、何十年も支えてきた家宰さんだよ? そんなにすぐ追いつくわけないって。それにあの二人と、けら男と大姫様の関係は違うもん。けら男は、大姫様をいちばんに考えるっていう大事な根っこはもう完成してるんだから、時間をかけて、大姫様と新しい形を作っていけばいいと思う」
もともとが虫捕りの仲間だったのだ。その中でもけら男は、大姫を諌められる唯一のメンバーだった。
「あの大姫様が、いちおう、まがりなりにも、けら男の注意は聞いていたじゃない。それってスゴイことだからね」
「いや、あの頃は……。子どもの話です。もう俺、私は、大姫様の家宰ですから」
「髪型と服装が変わっただけで? 子どもの頃からずっと過ごしてきた時間をなかったことにしちゃうの? けら男自身が、それを寂しいと感じたこと、あったよね」
けら男が勢いよく、わたしを見た。
三宮院で、土間に座る三人の仲間を、板間の上から見ていたけら男。あれは、ひき麿が相撲士になれそうだという瞬間だった。喜び合う三人の中に、けら男は入れなかった。
「大姫様は、そういう気持ちを誰よりも知ってるよ」
大姫とけら男は、遊び仲間で、幼馴染なのだ。
この時代の主従関係は絶対だけれど、それでも、これまでの蓄積を生かして、新しい関係を築いていってほしい。
その大姫は、昨日会ったときの痩せ衰えた感じは、すっかりなくなっていた。体重が戻り、顔色も良くなっていて、元気そうだ。そして、さらに美人になっていた。
嬉しそうに挨拶してくれるが、もう、裸足で走って抱きついてきたりはしない。
けら男が、わたしのお土産の話をしても、一瞬目を伏せたが、笑顔を見せてくれた。
「斎迩の君のお土産なんてステキね。どんな不思議なモノか、楽しみだわ」
その言葉が合図となって、プレゼントの山が運び込まれた。
「これは大姫様へ。この花は、えーと、この形のまま固めてあるので、水やりも土換えも不要です」
大姫へのプリザーブドフラワーは、淡いピンクのバラとシャギー系の濃いめのピンクのアスターに、水色のデルフィニウム、カスミソウとツタをあしらったバスケットだ。
「まあ、なんて愛らしい色合いでしょう」
「見たこともない花ばかりですわ。この薄桃色の美しいこと」
「時が止まった花だなんて……。斎迩の君、本当に水をやらなくてもずっと美しいままなのですか」
「10年くらいは大丈夫ですね。でも色が褪せてしまうので、あまり日に当てない方がいいです」
大姫はプリザーブドフラワーに目を見開き、こわごわ、ちょん、と突いた。
「本物のお花ね……。ちょっと、硬い、かしら?」
「あ、そうです。樹脂みたいなもので固めているので、長持ちするんですよ」
「あら、じゃあ、琥珀みたいなものね。これは、お花の琥珀ね」
大姫は、まさに、花もほころぶ、という喩えぴったりに微笑んだ。
その後、大輔の君にも花を手渡すと、少し泣かれてしまった。
「ええと、これ、クレマチスっていうんです。やっぱり凛とした大輔の君には紫が似合うなあって思って……。こっちの白いのも、同じ花なんですよ。大輔の君には、本当にお世話になったので」
「……懐かしいですわ。藤の少をお迎えしたお茶会で、菊の襲ねを着ましたね。思えばあの頃から、大姫様は大きくご成長されましたわ。斎迩の君のご教育の成果が表れたのですね。……正直なところ、最初はこのような師でどうなることかと思っていたのですが」
「や、大輔の君が心配してるのは、ひしひしと感じてましたよ。最初から、めちゃくちゃ怖かったですからね」
大輔の君は、やっと笑ってくれた。
予想どおり、撫子の君は、もうお邸にはいなかった。先師のお方様の元に再就職したそうだ。
先師のお方様にも撫子の君にも花があるし、まだ醍醐寺にいるひき麿といなご麿にもお土産がある。お邸全体への贈り物もあったので、家宰さんとけら男にも来てもらい、内訳を説明して、預けた。
なかでも、角砂糖とお茶には歓声が上がった。なんせ、最高級の贅沢品なのだ。
「こんなにたくさん……。よろしいのですか、斎迩の君」
「保存の効くものですから、多いほどいいかな、と。できれば、お邸の皆さんにも分けてください」
ついでに、『医心方』の取り扱いについて念を押しておく。いくら中御門家とはいえ、この本を所有していることがバレたら、危険だ。
「内裏の秘中の秘本が、お土産とは……。いや、それが斎迩の君ですよね、もう慣れました。大丈夫です、この本の保管については、お任せください」
家宰さんの凄味のある笑みに、やっぱりわたしの手土産のセレクションは間違っていたのでは、と怯えたが、家宰親子に贈った他の本については気に入ってもらえたので、よしとしよう。
女房たちの強いリクエストで、結局全てのプリザーブドフラワーを並べて見せた。どうせ剥き出しで持ってきていたのだ。
庭先には八助さんと雨彦を呼んでもらい、階からプレゼントする。ガーデニング用帽子を、ふたりともその場で被ってくれて、八助さんはポーズを取っていた。
雨彦は軍手をはめて、ためつすがめつ眺めて、
「大事にする」
と言ってくれた。
みんなできゃいきゃい盛り上がっていたら、門番代理の下男が、「お殿様が、急ぎお戻りになられました」と報告に来た。
家宰さんが立ち上がる。
「お早いですね。斎迩の君がいらしたので、内裏まで知らせをやったのです」




